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小説

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ノルド・アイゼンはほとほと困り果てていた。
 働き口を探して都市に出てきたはいいものの、こんな街では自分の仕事など絶対に見つかるわけがない。所狭しと立ち並ぶ建物は、みなもくもくと煙突からけむりをあげていたし、馬の代わりに道を行き交うのは原動機を積んだ鉄の車だ。活気に溢れた工業都市。見上げれば、すすで汚れた建物の隙間から青空が覗いている。何もかもが自分には新しすぎてめまいがしそうだった。
 こんなところで時代遅れの女騎士など、誰が必要としているだろうか。
 とぼとぼと街を歩いていると、興味の視線が肌に痛い。見ないふりを決め込めば、今度はあざ笑う声が聞こえてくる気がする。磨き上げた鎧も、自慢の二振りの剣もこの街では失笑の的かと思うと、何度目かわからない絶望のため息がこぼれた。
 いやな予感はしていた。曾祖父の、そのまた曾祖父から仕えてきた田舎の城にお払い箱にされたときから、この未来は見えていたはずだ。戦いの時代はとっくに終わった。ついでにいうなら剣の時代なんてもっと前に終わっていたのだ。退職金として城主から受け取った金貨も、残りあと一枚。野宿するにしても、食べ物がなければどうにもならない。輝く小銭一枚、それでパンがあといくつ買えるだろうか。今日という日が早く終わることを願っているのに、明日が来るのが怖くて仕方がなかった。

 そのとき、街の喧騒さえものともしないようなかん高い叫び声が聞こえて、ノルドは振り返った。狭い路地から少年が飛び出したかと思うと、立て掛けてあった鉄パイプがぐらりと揺らぐ。

 次の瞬間、けたたましい音とともにパイプが石畳にぶつかった。その拍子に近くの金屑箱も倒れる。小さな部品が転がり出て、道いっぱいに広がっていく。道行く人たちの顔が一斉にそちらを向いた。転がる部品の間をぬって、小さな人影が飛び出す。騒ぎの中心である少年は、あろうことかノルドに向かって駆けて来た。一瞬、かちりと目が合う。少年は必死の形相で叫んだ。
「お願いどいて!」
 気圧されて一歩下がったノルドの横をすり抜けて、少年は全速力で走り去って行った。状況がわからないまま目をしばたくと、よれよれの帽子が落ちているのが目に入った。今の少年のものだろうか。なんとなく拾い上げると、鉄パイプの向こうから怒号が聞こえた。
「あんの、クッソガキがぁっ!」
 趣味の悪い、しかし上等な服を着た男と、体格のいいいかにも悪人面の男の二人が、血相を変えて少年の通った道を走り抜ける。手の中の帽子と、走る男たちを順番に見る。二人の背中が少年の入った路地に消えた時、ノルドは駆け出していた。

 路地は一本道で、行き止まりだった。小さな肩を上下させた少年を、男たちが取り囲んでいる。少年の背後は、すすけた煉瓦の壁が塞いでいる。ノルドは、物陰にそっと身を隠した。
「クソガキめ! さっきはよくも……」
 拳を振り上げた男を押さえて、身なりのいい方の男が少年に一歩にじり寄った。わざとらしい作り笑いを浮かべて膝をかがめる。
「で? まだ売らないつもりですかな、天才少年、デイ様よ?」
 少年は、後ずさろうとして壁にぶつかった。逃げ場がないことをさとってか、少年の顔は青ざめる。しかし、彼は強い眼差しで男を見据え、口を開いた。
「おまえらみたいなやつには、絶対渡さない」
 男は少年の肩に手をのばし、馴れ馴れしくぽんと叩いた。
「なあ、出し惜しみするこたないだろ? 悪い話じゃない、ちょっと図面を渡したら、それだけで金貨二千枚だぜ。俺たちみたいな一般人からしたらそれはそれは羨ましい話だ」
「帰ってよ」
「俺たちだって、ガキを殴りたいわけじゃないんだ」
「帰って」
 少年がきっぱりと言うと、男は肩をすくめてため息をついた。
「……しかたないな。おい、ビフ、あとは頼んだ。口がきけるようにやるんだぞ」
 さきほど下がらせられた男が、口もとに暗い笑みを浮かべて少年に歩み寄った。少年は健気にも強気な眉を崩さなかったが、逃げ場を求めて何度も踏み替えた足が、彼の恐怖を物語っていた。男が手を上げたとき、 ノルドは物陰から歩み出た。
「おい、本当に殴るのか? 子どもを?」
 声をかけると、二人の男は訝しげにこちらを見た。
「なんだぁ? お前は」
 ノルドは手の中の帽子を取り出し、ひらひらと振って見せた。
「彼にこれを返そうと思って。追いかけてみたらどうだい、大の大人が二人して子どもを脅しつけてるじゃないか」
「てめえには関係ねえだろ。巻き込まれたくなかったらさっさと帰んな」
「ビフ、ガキが逃げる。あいつは気にするな、あとから何とでもなる」
「ああ」
 ビフと呼ばれた男はもう一度少年に向き直ると、逃げようとしていた彼の首を乱暴に掴み、再び手をあげた。少年が目を瞑る。ノルドは帽子をベルトに挟むと、地を蹴った。

更新日:2014-01-16 16:24:26