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光秀と勝家

「しかし、良かったのですか? お屋形様の御命令どおりに田上山には兵を置かずにいますが」
 明智弥平次秀満が訊ねた。二三日、江北木之本にある光秀の本陣だった。
 木之本は、江越国境の山岳地帯から江北の平野に出る要衝だった。
「良いのだ。田上山を固めていては、修理は出てこようとしないだろう。あやつが巣穴から出易いようにせねばならん」
 光秀は答えた。光秀と同席している重臣は、秀満、それに明智光忠と斉藤利三の三人だった。
「時間ですな」
 利三の言葉に光秀は頷いた。
 同等の兵数であれば、お互い動きにくい。余呉でそのような対陣をしていれば、周辺の勢力が動き始める。特に美濃衆が再び蠢動するのは目に見えている。
 そしてそれ以上に、各地の織田家の者どもが戻ってくる。
彼らが戻ってくる前に片を付けねばならない。修理の首を取れないまでも、修理が再起できぬほどの一撃が必要なのだ。
 光秀はそう考えていた。
「誘き出すための餌。では、小川、山崎両名の返り忠の書状、あれも餌ですか」
 光忠は唸った。光秀は小川祐忠と山崎片家に返り忠の書状を勝家に送らせていた。その書状には特に、秀吉が摂津にて大勝を得て、すぐに京へと上るだろうと嘘を書かせた。
「しかし、筑前守の動きに修理が焦りますかな?」
「焦り、動く」
 光秀は光忠の問いに断言した。
「修理ほど筑前に先を越されることを嫌うものはいない。わしも筑前には負けとうないが、それはあくまでも出頭人としての矜持じゃ。修理は違う。筑前を憎悪している。その容貌も生まれも、能力も性格も。そのような筑前に先を越されたくない一心で出てくる。そこを叩く。徹底的に」
 光秀の言葉に力がこもる。
 余呉湖の側をはしる北国街道は、西に岩崎山と大岩山、東に田上山に挟まれた隘路だ。軍勢の動きを制限する。
 田上山はその隘路を塞ぐ位置にある。そこを明智軍が支配していたら、柴田軍の木之本への進出は阻まれる。しかし、今回は違う。
 空っぽの田上山の存在は柴田軍に容易に木之本への進出ができると幻惑させるだろう。
 光秀の構想は、隘路口に出てきた柴田軍先手衆を、充分な縦深と広がりを保持できない間に攻勢をかけて拘束する。一方で、田上山を取りに来る柴田軍に別働隊をもって逆撃する。田上山の南側は北側に比べて、押し出すのに容易な地形だった。
 田上山を確保した別働隊、そして光秀本隊の予備隊をもって、柴田軍先手衆を殲滅する。逃れる道は隘路なので、逃走に成功するものは少ない。敗走する先手衆を追撃して柴田本陣にまで雪崩込む。
(これしかない)
 そう光秀は考えた。下手をすれば、隘路口を制圧され、強兵で鳴る北陸兵に逆に押し潰されるかもしれない。また、薄い西側の防衛線を破られるかもしれない。危険はある。しかし、危険に見合った成果を得ることができるかもしれない。
 勝つための万全を期した。集められるだけの兵を集めた。調略で柴田を動揺させることもした。後は、明日を戦うのみだ。

更新日:2013-12-13 22:48:10

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