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お題:熱いアレ 必須要素:くさや 制限時間:1時間

「さっき、黒い尿が出た」といって、彼は俺にコーラの入ったプラスチック製の透明なグラスを渡した。

グラスは生暖かく、確かに検尿した際の紙コップを連想させた。

しかし、その黒い液体からは、無数の気泡が水面上に浮かんでは消え失せており、正体がコーラであることは明確であった。加えて、彼の部屋にあるエアコンを除く唯一の家電である、ノートパソコンの傍らには、2Lサイズのコカコーラのペットボトルが横になって転がっており、そこから注がれた代物であることはほぼ間違えないだろう。

『食ったことは無いが、きっとくさやを焼くとこんな臭いがするんだろうな』、などという想像を掻き立てられる程の異臭が現在進行形で鼻を劈いてはいるが、それは手元の液体からではなく、今俺たちが居るこの部屋、つまり彼の生活拠点であるこの社宅の一室全体から漂っていることは、又隣の部屋に住む俺からすれば、言わずもがな事前情報である。

彼の顔を覗き込むと、ニヤニヤと此方を見て笑っている。

「これは、何の冗談なんだ?」

「いや、別に。この前、君はこの部屋に立ち入った時言っただろう。今度来たときは、暖かいお茶の一つでも出せるようにしろと。お茶は用意できなかったが、温かいコーラは用意できた。大変な進歩だと褒めてほしくてね」

彼の部屋には、調理器具も無ければ、ガスコンロも無く、ホットプレートも無く、電子レンジも電子ポッドも無い。なにせ、エアコンとパソコン以外に家電用品なんて存在しないのだ。

まあ、明確に言えば、給湯器や照明なんかも、家電というのかもしれないが。しかし、テレビも洗濯機も冷蔵庫もない。どこの時代の人間だと思われるほど、彼の部屋には家電が無い。

なのに、このコーラは温かかった。

手元の液体を口に運ぶ。

お湯で薄めている訳でもなさそうだ。

再度、彼の顔を覗き込む。彼はにやにやと尚も笑っていた。

『どうやって、君はこのコーラを温めたのか』

その疑問が口に出されるのを待っているようである。

俺は、手元にあるコップの底に触れる。

思ったとおり、コップの底が他の部分と比べると一番暖かくなっていた。

俺は、ディスプレイにアニメ動画が一時停止されて映る、彼のノートパソコンを指差して言った。

「お前、自分が飲んでいたものを客に勧めるんじゃないよ」

「分かっていて、口に運んだのかい?」

彼は尚も、ニヤニヤと笑っていた。

遠目にも、俺の指差す先にあるノートパソコンには、手の付け根を乗せるスペースに水滴が浮かんでいるのが見えていた。

更新日:2016-09-18 12:36:35

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