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お題:私の雲 制限時間:15分

「お父さん」

「なにさ」

あの日は随分と大きく見えた父の姿も、今では見下げるほどの位置に顔がある。

「覚えてる? 私の雲のこと」

「はははっ、懐かしいな。なんだ、まだ覚えていたのか」

「うん」

幼いころの記憶。父に手を引かれ、散歩に出かけていたあの日、私は父と口論をしていた。

口論というより、言い争いだろうか。

母より背の低い、父を私は馬鹿にしていたのだけれど、父は私をもっと小さいと言ったのだ。

確かにそうなのだけれど、父が小さいという事実を曲げたくない私は変に臍を曲げて、子供ならではに、こう言い返した。

「パパ! あの雲、あの大きい雲は私のなの!」

夏の日の昼間に浮かぶ積乱雲は、見上げた父よりずっと大きく見えた。『あの途轍もなく、大きな雲が私のものなのだ。父は小さく見えてショウガナイ』みたいなことを伝えたかったのだと思う。

「そうかー、じゃあ、お名前がどこかに書いてなくちゃいけないなぁ。あれぇ、どこかなぁ」

幼稚園で、自分の持ち物には名前を書かないといけないと教えられ、ハンカチなどに自分で自分の名前を書くことを誇らしく両親に自慢していた私に対する、父からの意地悪だった。

「名前は書き忘れたの!」

半泣きになりながら、父に口答えする私を、いつまでも私は覚えている。

真夏のひと時の思い出。
 

更新日:2015-04-07 00:22:02

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