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お題:苦しみのラーメン 必須要素:とんかつ 制限時間:1時間
部活帰りにラーメン屋に寄ることがたまにある。
決まって一緒に立ち寄るユウトも、俺も、バイトはしてないから、少ない小遣いをやりくりして月に1、2度が限度だった。
一食700円の食事は学生にはそこそこ高い。一個100円くらいのパンを1つか2つを間食に買うのが小遣いの使い道である俺たちには、そのラーメンは贅沢品以外なにものでもなかった。
帰りにラーメン屋に寄るタイミングは、部活で何か問題が起こった時が多かった。
ユウトがスランプに陥ったとき、後輩部員数名がボイコットに走ったとき、レギュラーの一人が大怪我をして部を欠席せざる得なくなったとき、大会の前日。
不安が胸に一杯になったとき、どちらかともなく、どちらかを今日はラーメン食べに行かないかと誘うのである。
しかし、不思議にもラーメン屋での会話は別段深刻なものでなく、むしろ、下らないことばかりであった。
「最近、うちのマネージャー化粧しだしたよな」
「いや、前からしていたぞ。正確には濃くなってきたんだ」
「良く気づいたな。まあ、ユウトは姉ちゃんいるからな。だけど、化け物みたいじゃねーか。あれじゃあ」
「色気づき始めたんだろう。一年のイケメン野郎が最近フリーになったとかで、体育館で部活してる女子陣がザワついている」
「あいつかー。バスケも上手いし、最低だなー。天に二物も与えるなよ神様よぉ」
「勉強もできるそうだぞ」
「神様ーっ!」
「ほら、ラーメン着たぞ。黙って食え」
なんて具合である。
同級生だが、クラスは一緒になったことが無いし、部活ぐらいでしか顔は合わせないがこんな下らない話をするのはラーメン屋の中だけだった。
まるで、胸の中の不安をひた隠すように。
部活中は、事務的で真面目な話ばかりしていた。しかし、そこでも部に降り注いだ問題に関しては決して話題にしなかった。
俺たちが話すのは、練習のプログラムについてや、試合での戦略提案、部員のプレイについての分析が主立っていた。
ユウトと俺は、いつでも視線の先が一緒なのだと思っていた。
話し合いで解決できることは他人に任せて、自分たちは最短距離で目的地へ向かうルートを開拓し、そこに向かって走ろうとしていた。
だから、ユウトが部長になり、俺が副部長になった年は例年より部員は少なく、加えて、引退までに3名部員が減った。
それでも、インターハイ出場まであと一勝という所まで登り詰めた。
いや、そこで、俺たちの道のりは絶たれた。
県大会で負けたその日。
俺はユウトをラーメン屋に誘った。
「ユウト。お前、これからどうするの」
「勉強するに決まっている」
「だよなぁ。高校受験みたいに部活推薦で行くのも難しそうだ」
「そうだな。それに、大学ではバスケはしない」
「へー、奇遇だね。俺もそのつもり。バスケはもう腹いっぱいだ」
「ああ。・・・負けちまったな」
そこで、初めてユウトが弱気みたいな発言を漏らしたから、俺は驚いてケータイを覗いていた顔を上げて、横に座る親友を見やった。
ユウトは見たことの無い、どことなく哀愁に満ちた顔をしていた。なんというか、魂がここに無いような。
そこで、初めて俺は気づいた。
『ああ、俺たちが見てきたあの場所には結局届かなかったのだな』と。
俺たちがたどり着こうとずっと見ていた場所は、俺たちが思っていたよりもずっと高い場所にあって、遠い場所にあって、タイムリミットは過ぎ去ってしまったのだなと。
「おじさんっ、とんかつ2つ追加でっ!」
カウンター越しに、ラーメンを作るおじさんに注文すると、おじさんは黙って頷いた。食券買えよと思っているのかもしれない。
急にでかい声を出したものだから。今度は、ユウトが俺の顔を見やった。
「おごってやるよ」
恩着せがましく、出来るだけ面白可笑しくユウトに言ってやると、
「ふははっ」
と、噴出すように彼は笑った。
決まって一緒に立ち寄るユウトも、俺も、バイトはしてないから、少ない小遣いをやりくりして月に1、2度が限度だった。
一食700円の食事は学生にはそこそこ高い。一個100円くらいのパンを1つか2つを間食に買うのが小遣いの使い道である俺たちには、そのラーメンは贅沢品以外なにものでもなかった。
帰りにラーメン屋に寄るタイミングは、部活で何か問題が起こった時が多かった。
ユウトがスランプに陥ったとき、後輩部員数名がボイコットに走ったとき、レギュラーの一人が大怪我をして部を欠席せざる得なくなったとき、大会の前日。
不安が胸に一杯になったとき、どちらかともなく、どちらかを今日はラーメン食べに行かないかと誘うのである。
しかし、不思議にもラーメン屋での会話は別段深刻なものでなく、むしろ、下らないことばかりであった。
「最近、うちのマネージャー化粧しだしたよな」
「いや、前からしていたぞ。正確には濃くなってきたんだ」
「良く気づいたな。まあ、ユウトは姉ちゃんいるからな。だけど、化け物みたいじゃねーか。あれじゃあ」
「色気づき始めたんだろう。一年のイケメン野郎が最近フリーになったとかで、体育館で部活してる女子陣がザワついている」
「あいつかー。バスケも上手いし、最低だなー。天に二物も与えるなよ神様よぉ」
「勉強もできるそうだぞ」
「神様ーっ!」
「ほら、ラーメン着たぞ。黙って食え」
なんて具合である。
同級生だが、クラスは一緒になったことが無いし、部活ぐらいでしか顔は合わせないがこんな下らない話をするのはラーメン屋の中だけだった。
まるで、胸の中の不安をひた隠すように。
部活中は、事務的で真面目な話ばかりしていた。しかし、そこでも部に降り注いだ問題に関しては決して話題にしなかった。
俺たちが話すのは、練習のプログラムについてや、試合での戦略提案、部員のプレイについての分析が主立っていた。
ユウトと俺は、いつでも視線の先が一緒なのだと思っていた。
話し合いで解決できることは他人に任せて、自分たちは最短距離で目的地へ向かうルートを開拓し、そこに向かって走ろうとしていた。
だから、ユウトが部長になり、俺が副部長になった年は例年より部員は少なく、加えて、引退までに3名部員が減った。
それでも、インターハイ出場まであと一勝という所まで登り詰めた。
いや、そこで、俺たちの道のりは絶たれた。
県大会で負けたその日。
俺はユウトをラーメン屋に誘った。
「ユウト。お前、これからどうするの」
「勉強するに決まっている」
「だよなぁ。高校受験みたいに部活推薦で行くのも難しそうだ」
「そうだな。それに、大学ではバスケはしない」
「へー、奇遇だね。俺もそのつもり。バスケはもう腹いっぱいだ」
「ああ。・・・負けちまったな」
そこで、初めてユウトが弱気みたいな発言を漏らしたから、俺は驚いてケータイを覗いていた顔を上げて、横に座る親友を見やった。
ユウトは見たことの無い、どことなく哀愁に満ちた顔をしていた。なんというか、魂がここに無いような。
そこで、初めて俺は気づいた。
『ああ、俺たちが見てきたあの場所には結局届かなかったのだな』と。
俺たちがたどり着こうとずっと見ていた場所は、俺たちが思っていたよりもずっと高い場所にあって、遠い場所にあって、タイムリミットは過ぎ去ってしまったのだなと。
「おじさんっ、とんかつ2つ追加でっ!」
カウンター越しに、ラーメンを作るおじさんに注文すると、おじさんは黙って頷いた。食券買えよと思っているのかもしれない。
急にでかい声を出したものだから。今度は、ユウトが俺の顔を見やった。
「おごってやるよ」
恩着せがましく、出来るだけ面白可笑しくユウトに言ってやると、
「ふははっ」
と、噴出すように彼は笑った。
更新日:2016-03-26 23:41:35