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(8)予想外のヒットとうれしい知らせ

気が付くと街の至る所でその存在感を示すかのように、季節は桜の開花を無条件で受け入れていた。季節の贈り物である桜が時には周囲を圧巻させるかのように大量に、時にはひっそりと健気にその古木にピンクの彩りを身にまとっていた。

そう言えば風間は今まで自分自身に縁のある場所の近くでは、いつもこの季節になると桜に囲まれていると改めて思った。長年通った会社の在る赤坂見付付近では、紀尾井町から四谷までの外堀土手の桜並木を必ず毎年眺めに行った。

そして最近通い始めたスタジオのある内堀通り沿いにある地方新聞社の建物からは、北の丸公園内の桜が長いカーテンのように咲き誇っている景色が良く見える。毎年見慣れた街並みの光景だったが、今年は風間にとっていや彼が長年お世話になった会社にとっても大きな変化が待ち構えていた。

昨年度末に急に飛び込んできた高嶋さんの会社の完全系列化の話だ。確かに戻りたくても戻り様のない大きな流れの中に、高嶋さんの会社は巻き込まれていた。ところが4月の年度初めに予想外のことが起こった。それは本当に予想外な事だった。

高嶋さんの演出、吉井さんの脚本、風間のアシスタントというメンバーで制作していたラジオ番組《夜のグラフィティ》が、番組スタート後予想外に聴取率も好調でリスナーからの反響も日に日に高まっていた。

3か月経ったら跡形も無く消え去るだろうと思われていたラジオ番組が、逆に各方面からスポットライトを浴びるまでになっていて様々なマスコミからも取り上げられていた。気が付くと営業担当の加藤君の努力のお蔭で名古屋地区だけの放送だったのが、今やキー局からも流されるようになっていた。

今日は番組収録の後、今まで断り続けていたマスコミからの取材を受けることとなっていた。何度も取材依頼の申出を受けていたが、その都度ずっと断っていたのにはそれなりの理由があった。

簡単に言えば高嶋さんいや吉井さんも風間も同感だったのだが、ラジオ番組は電波に乗せた段階でリスナーの受け止め方に全てが委ねられるという理由からだった。ましてやナレーターも地味な声優さんを起用しており、多くのファンを持つ表に出るのが仕事のタレントでもなかった。

だからという訳でもなかろうが、演出家である高嶋さんが取材に応じることとなっていた。今週の取材に関しては、最初の収録時に立ち会った若い営業マン加藤君がスポンサーから強い要請がありどうしても対応してほしいと言ってきたので、止むを得ず今日の取材に応じることとなったのが本当の所だった。

取材の場所はいつも収録をしている地方新聞社の東京支局の中にある大会議室だった。勿論、自分たちみたいな裏方家業専門の人間が、そんな晴れがましい所に入室するのは今日が初めてだった。いやいやながら高嶋さんが、前方のテーブル中央に座っている。

高嶋さんの隣には、ラジオ番組《夜のグラフィティ》制作開始に当たって色々と根回してくれた山重君が編成担当役員として座っていた。そのテーブルの傍のスタンドマイク前には、司会進行係としてこの話を持ち掛けてきた若い営業マン加藤君が立っていた。

風間は吉井さんと一緒に広い会議室の一番後方の席に座っていた。やがて想像以上に押しかけて来ていたマスコミ関連の取材陣たちを前に、進行係の加藤君が話し始めた。

『本日はお忙しい所、当方よりの時間、場所等の一方的な手配にもかかわらずお集まり頂き有難うございました。早速取材開始に当たり当社編成担当役員である山重よりご挨拶申し上げます』

若い営業マン加藤君は如何にも場馴れしている様子で、事も無げに頭出しの挨拶をきっちりとやり終えた。その彼がスタンドマイクから遠ざかるのと入れ違いに、山重君が挨拶をし始めた。

『最初に隣の高嶋ともども座ったままでお話しさせていただきますので、よろしくお願いします。当初ここにいる演出の高嶋からこのような取材を受けるのは、遠慮したいとの強い要望がありました。

ただ取材の申し込みが多くなり、いっそのこと一度だけでもきっちりと対応した方が良いだろうという事になり本日の場を設けさせて頂きました。そのような経緯も考慮頂きこのような共同の形での対応に、ご理解いただければと思います』

山重君の挨拶が終わると加藤君が、スタンドマイクに近寄り高嶋さんを紹介した。

更新日:2017-01-31 08:38:40

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