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(7)親会社からの役員受け入れ

踏みしめる舗道の割れ目から力強く雑草が芽を出し始めている。通り過ぎる様々なビルの隙間から時折吹き出している風も随分と生温い。あっという間に気が付くと季節はもう春を迎えようとしていた。

通い慣れた一ツ木町通り、舗道の凸凹、ビルの壁から張り出ている看板の大きさ、通り過ぎる街角から流れ出て来るお店のBGM、今までなら何にも気にも留めなかった景色や音が風間の感性をくすぐる。

風間にとってまだ次がある時の流れからもう次は無い時の流れに変わり始めてから、目に映るすべてのものがそれまでとは違って見え始めていた。いよいよ風間が会社を去る時も迫っていた。

慌ただしく正月明けから始まっていたラジオ番組《夜のグラフィティ》の収録は、それ以後順調に進んでいた。ただそんな中で高嶋さんの会社の経営状態は、相変わらず厳しい状況が続いていた。

昨年の夏、高嶋さんを中心に風間も加わり、花村君、平井君、柏木君たちと会社の方向性についての話し合いの場をもった。そしてその時に抽象的過ぎたかもしれないが、良質な番組作りに徹しようということを皆で確認した。

遠回りのようで実は根源的な解決への一番近道だろうと、風間も納得した。しかし現実は予想以上に厳しかった。毎月経理面でのファイルに打ち込まれていく数値は、高嶋さんの会社に猶予を与えてくれなかった。

ある日パソコンの前でそんな数値を入力していた風間に、高嶋さんが声をかけてきたことがあった。その時の話はおおよそこんな内容だった。そしてその内容は十分に想像されていたことだったが、局の方から更に厳しい制作費の削減を求めてきたということだった。

そして今回は局から番組制作部門を分離させた複数の系列会社に対するテコ入れと言うか、より一層の競争原理の導入という申し入れが高嶋の会社にも行われた。今までみたいに番組内容で、系列毎に仕事をほぼ公平に割り振るスキームを大幅に見直しすることになった。

大きく分けて3つの系列会社がある中、局からの役員派遣を受け入れていなかったのは高嶋さんの会社だけだった。従って局から役員を受け入れている会社では、当然ながらある意味局の意向がストレートに制作現場に反映されていた。

その結果見事なほどに経費削減が徹底されていた。その話を局から高嶋さんが通達された時に配布された資料によると、局から役員を受け入れていた他の2系列会社では信じられない制作費の数字が載っていた。

そんな2つの系列会社と高嶋さんの会社とでは、比較するまでもなく高嶋さんの会社の方があらゆる面で合理化対応が遅れていたことが明白になった。

局の方針として3つの系列制作会社の得意、不得意分野など全く考慮せず、請負制作費の競争入札方式の導入を検討していくと言う流れはどうにも仕方がないらしい。パソコンの画面に表示されている厳しい経理の数値を見ながら、高嶋さんから聞いた話は大凡こんな内容だった。

と言う事で今から局から通達された件で会社の主だったメンバーが協議のために集まることとなっていた。集まったメンバーは高嶋さんと風間、そして若手社員の中心メンバー花村君、平井君、柏木君で昨年夏に集まったのと同じメンバーだった。

会議の場所も前回と同じ狭い会議室だ。前回は真夜中まで続いた遅い集合時間だったが、今日は午後1時の予定だ。風間の目の前にはすでに狭い会議室に置かれているテーブルの右端に高嶋が腰掛け、反対側に若い3人が座っていた。

全く昨年の夏と同じ状況が再現されていた。風間は相変わらずテーブルから離れた入り口のドア付近に、パイプ椅子を広げて腰かけた。会議の始まりは高嶋さんからの現状報告からだった。

『ご苦労様です。昨年の夏にもこうして皆に集まってもらったが、また今日再度集まってもらわなければならなくなった。勿論このメンバーで再集合がかかったということは、皆さん方にはどんな内容が待ち受けているか容易に想像できていると思う。従って、単刀直入に本論にいきなり入りたいと思う』

更新日:2017-01-28 07:12:03

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