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雉虎の惣領pは、奥座敷の上座にあって幾分だらしなく扇を使っているところであった。

中庭に面した障子は開け放たれていたため、板廊下を突き進んでくる丈六郎の姿をその双眸の隅に捕らえていたはずである。

だが、

「丈六ではないか、いかがした」

主君が大仰に声をかけたのは座敷の濡れ縁に丈六郎が現れてようやくのことで、それは暑さのせいばかりではなかったであろう。


先客もあった。

座敷の奥で次の間へと続く襖の手前に控える影は、数えて三代目にあたる雉虎忍群の棟梁智三である。

こちらは即座に低頭して見せたが、足音の主の気配にいったいいつから気づいていたのやら知る由もない。
城を出られたときから存知あげておりましたと言われたところで、この手練の忍びの前ではあながち冗談とも思えなかった。

雉虎最古参の兵でもあるこの壮年の忍びは屋敷への出入りの自由を許されているばかりでなく、主の居室にまであげられその話し相手となることも珍しくはない。


はからずも智三に寄せる主君の信頼を目のあたりにした丈六郎は、

(またしても、こ奴)

内心で毒づきながらも気に留めるそぶりを表に出さぬよう、縁先に平伏するや己が主に問うた。

「新たに勘定方を登用されるとの由、まことにござりまするか」

不服を隠し切れぬ物言いは、主君に対していささか無礼とも言える声色であったが

「左様に下知したであろう」短く応えたpは意に介した様子もない。

「景六を手放したばかりではございませぬか、あの金はいかがなされたか」


景六郎は有望な若武者であった。
丈六郎も目をかけており、ようやく手駒がそろったと心中ほくそえんだものである。財政面にもA連らしからぬ才覚を発揮していただけに、唐突な放逐に耳を疑ったのはなにも将の身分の者に限ったことではなかった。


「鉄砲を買うた」主はまたもや悪びれるでもなく言い放つ。

「彼の者、なかなかの腕前にございます」己より齢を重ねた先客の入れた合いの手を、

「おぬしは黙っておれ」今度は存分に怒気をはらませた声で丈六郎は一喝した。


戦場で智三率いる雉虎忍者の指揮を執るのは他ならぬ丈六郎である。
だが降り注ぐ矢弾と血風の中をともにくぐり抜けてきた間柄にもかかわらず、平時のふたりの折り合いの悪さは家中でもつとに知られるところだ。
互いに反目するというよりも丈六郎が一方的に疎んじていたのだが、譜代の家柄である自分を差し置いて忍びの分際で重用される智三をいまいましく思うのも無理からぬことであったかもしれない。

智三は黙って低頭した。

(おぬしの手の者を切ればよいのだ)

それへと浴びせかけた言葉を一旦は飲み込むと、不満の矛先とともに再び主君に向き直る。

「何ゆえ忍びどもにはいまだに沙汰を下されぬのか。到底合点が参りませぬ。」

智三は言うに及ばず屋敷の警護に配された下忍達にもこのやりとりは筒抜けのはずであったが、無論丈六郎に遠慮などない。

だが果たして、

「いずれはそうなろう」応えた主の態度は、いつも通りのどこまでも素気ないものだった。

歯噛みをした丈六郎であったが、さすがに此度ばかりは簡単に引き下がるわけにはいかない。
主君の意向通りに事が進めば、次に役を解かれるのはいずれも雉虎の重臣なのだ。

前任の駿太郎に代わって自操作役を務めるは、丈六郎の嫡男十吉郎である。
元服して間もなく大役を仰せつかり、初陣に向けて腕を撫す姿は我が息ながら頼もしいかぎりだ。将としての才は父以上との評判で、ゆくゆくは総大将にと推す声もある。

だが世のおおかたの大名家とは異なり、雉虎家にあっての総大将とは忍び衆を引き連れ先陣を切る武者を指す。
丈六郎の父、先代の弁六郎も剛勇をもって鳴る雉虎の総大将であった。
しかし生来その体に弱いところのある十吉郎に、家柄の威光によって雉虎の命運を託すことは丈六郎の望むところではなかった。

雉虎の陣前の要は月ノ介である。
名将としての資質を備えた寡黙な男が、雉虎家になくてはならぬ存在であることは家中の誰しもが認めるところだ。
主君が愛息よりもこの者の器量を選んだとて丈六郎にも異存はない。

あるいは丈六郎とても、もはや今の地位に安穏としていられる雲行きではなかった。
十吉郎に家督を譲り隠居を決めるならば、誰が総大将となっても俸禄は浮く。財政への負担の軽減という一点においては、それが最も得策であることは明らかなのだ。


十吉郎が役を解かれるか、月ノ介が去るか、はたまた…。
今や国中でもっぱらの話の種であり、城下は雉虎への仕官を望む浪人で溢れ返る始末であった。




更新日:2013-09-23 03:37:39

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