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小説

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序章1 -Burg-

 一面に広がる田園風景。
 点在する防風林の濃い緑と、植えられた作物の淡い緑との対比が織りなす景色は、まさに風光明媚という言葉がふさわしい。
 出来るなら、この風景を一日中見ていたいものだ。
 ここを訪れる事になった訳が、こんな理由でなければどれほど良かっただろう。
 我々は今、フムス一の耕作地帯、オクトス盆地に位置する平山城、キャール城にて敵の攻撃を待ち構えている。
 元々北方からの蛮族を迎え撃つために築かれたこの小さな城も、フムス統一が果たされて以来、長らく戦を経験することの無かった場所だ。
 それが今、逆に南より攻め入る敵に対する防衛拠点となっているのは、なんという皮肉だろうか。



「ハディード」
「はっ」
 名前を呼ばれ、私は姿勢を正して振り返る。
 目の前に立つ、小柄ながらも精悍な顔を見せる、オーダイルの青年。彼は、フムス王家ただひとりの生き残りとなった王子、ジュラン・フムス陛下だ。
「ロッツ、シテーピ……兵団の象徴たる君達聖剣士に、こんな役目を押し付けることになってしまって、本当にすまない」
 目を閉じ、頭を下げるジュラン陛下。目下の者にも誠実な彼は、配下の兵士達からの信頼も篤い。
「ははは、謝ることはありませんよ、陛下。王家を守り抜いてこその近衛兵団精鋭! もしここで逃げれば、聖剣士の名前が泣くってもんです!」
 こんな状況だというのに、高らかに笑って返すのは、私の同僚、聖剣士のテラキオン、ロッツだ。
 ともすれば目上を目上とも思わないような言い草の目立つ彼だが、彼の豪胆さには今まで何度も救われた。
「こちらの事は私たちにお任せください、陛下。フムス再興には、貴方の存在は必要不可欠なのですから」
 ロッツを一瞥して、続けたのは聖剣士のビリジオン、シテーピ。
 真面目で誠実、清く正しい頼れる同僚だ。
「聖剣士である以前に、我々は王家のために命を捧げることを誓った近衛兵です。我々のことはお気になさらず、ご自身が無事に逃げ伸びる事だけをお考えください。それが、我々の望みです」
 陛下は、何も言わずに立っている。握りしめられた手が震えているのが見えた。
 王家の産まれとて、ジュラン閣下はまだお若い。人の上に立ち、ともすれば命を捧げてこいと命令しなければならない立場に、まともな経験も無いまま立つことになってしまったのは、心優しい陛下にとってはさぞ酷なことだろうと思わずにはいられない。
「……分かった。頼んだぞ、みんな」
 押し殺したような声で、陛下はそう言った。
「だが、これだけは言っておく。可能な限り、多くの兵を生かして欲しい。
 フムスを立て直すには、ひとりでも多くの力が必要だ。覚悟が出来ているとはいえ、死に急ぐことだけはするな。これは、王子としての命令だ」
「御意」
 王子としての命令。その言葉に、私はこの言葉以外に返す言葉を持たない。
 だが、王子の命令といえども、この命だけは、確実に実行出来る自信は無かった。陛下もそれを承知の上で『可能な限り』と前置きをしたのだろう。
「お急ぎください陛下。敵はもうすぐそこまで来ています。じきに攻撃も始まるでしょう」
 陛下に退避を促すシテーピ。確かに、時間はもう残り少ない。ここで悠長に会話出来ている時間も、そう長くは無いだろう。
「……諸君の健闘と無事を祈る」
 無言で肯いてから、陛下は右腕を横に伸ばし、肘を真上に曲げて敬礼する。
「はっ!」
 右前脚を上げ、答礼。姿勢を戻した陛下は振り返り、塔の階段を降りて行った。

更新日:2013-08-26 20:20:01