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10.

「聞いた?白石女医の話・・・」
「うん。この前聞いたよ。」
「何?なにが?」
「何って、フラれたんだって。」

どんなに業務が忙しくても、噂話はどこでもどんな状況でも花が咲く。

日勤から夜勤へ移行時に点滴の準備をする者と後片付けをする者、自分の業務は終わってしまい手伝いをしている者が集まり、そうなると最近はある人物の話になる。

「すごいね~~飯島先生はモテるよね。」
「これで何人目?」
「女には興味がないとか?」
「それ、どういう意味よ。」
「確かに・・・別に私たちに何かきついこと言うとかはないけど、なんだかクールというか・・・。話しかけにくいよね。」

日勤の業務が終わり誰よりも遅くまで記録をするためにPCに向かっていた文の耳にも、彼女たちの噂話はしっかり届いていた。

以前の文なら、どんな話をされていても記憶に残っていないところだけど、今は彼の名前が出ると無意識に緊張してしまうのだ。

(告白されたということ?やっぱりもてるんだな。)

そう思うとどうして自分を巻き込む必要があったのかと、疑問に思うのだった。

違うことを考えていると、入力が疎かになる。

「おい。体温が86度になっているぞ。」
「はい?」

指摘されてみると体温を入力する欄に脈拍数を入れてしまっていた。数字を入力すると上にあるグラフに自動で反映されるようになっているので、体温の青色のラインのグラフが値を振り切って急上昇してしまっている。

「あらら~。」

慌てて数字を『36.8』と入力しグラフを正常に戻した。

「あ・すみません・・・でした。」

振り返ると後ろに飯島が立ち、文の入力画面を覗いていた。

「青山さん、痛みどう?」
「あ・・はい。その自制内です。」

噂の人で今一番苦手に感じる人に話しかけられて、文はついいつも以上に緊張してしまった。近くには噂話している人たちがまだいるはずだ。『クールだ』とか『話しかけにくい』だとか言われている人に、こんなにも話しかけられては目立つに違いない。

無言で早く遠くに行ってほしいオーラを出しているつもりなのに、彼は全く気が付こうとしない。ここまで来るとわざととしか思えない。

飯島は半身になって、文の左サイドから書いている記録を覗き込んでくる。

「先生、ちょっと困ります。」

小声で文が言うと、

「なんで?」

口元に笑みを浮かべて意地悪そうに、小声で言ってくる。絶対楽しんでいる。

「だって・・・」

文は泣きそうになりながら小声で抗議しようとすると、

「帰り待っているから。」

飯島は短く小さく言うと離れ際に、

「『腫脹(しゅちょう)』の変換が『周長(しゅうちょう)』になっていいるし・・・」

これは普通の声でおかしそうに言いながら行ってしまった。

更新日:2013-07-21 15:04:25

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