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7.
それは4年前のこと。
文は看護学生としての初の病院実習をしていた。基礎実習として少しずつ各病棟を回っていた。そのときに手術室の見学があった。まだ知識や技術はないので見学だけのものだった。指導者に連れられて数分だけのはずの実習だったのに・・・
文の見学した手術は整形外科の下肢の手術。当時はどこのなんの手術なのか知りもしなかった。たまたま執刀した医師が看護学生に友好的だったおかげで、近くで手術の見学することを許された。
学生は看護師だけでなく、医学生も医師同様に術衣を着て見学をしていた。医学生の邪魔にならないように、看護学生は静かに見学していた。医学生は6年生だといっていた。
文から見たら誰が医者でどれが学生さんなのか区別もつかなかった。
青い布の穴の中に白い足が見え、そしてメスが・・・、そして赤いものが視界に入り・・・電気メスの何かが焦げたにおいが手術室内に漂う。
そのときどうしてだったか覚えてはいないが、文だけ特等席のような台に立たせてもらっていたからなお悪かった。
お決まりのように文は気分が悪くなり倒れてしまった。それも誰かを下敷きにして・・・
「あなたは、あの時・・・」
右手と左手の間に見えるこの瞳で思い出してしまった。
「でも、でも」
あの後、学校の先生とともに彼への謝罪に行こうとしたが、拒否されてしまった。謝ることもましてや、彼が誰なのかも知ることもできなかったのだ。
文はいつまでも手を彼の顔の近くに出しているのに気が付き、手を引っ込め誤った。
「その節は、大変御迷惑をおかけしまして。お怪我は・・」
「大したことない・・・脛骨遠位骨折くらいですんだ。」
大したことないでホッとしたのに、次につづく言葉で文は後ろに倒れそう
になった。
(骨折って~~)
さっきまで体が火照っていたのに、サーッと冷水をかけられた様に全身が震えてきた。
国家試験間近の医学生に怪我を負わせていたとは・・・今更なんと謝罪してよいものか・・・。
「まあ、女一人抱きかかえられなくて骨折するのも恥ずかしいとこだがな。」
飯島はそう言って、口角を上げて笑む。
(じゃ、許してくれている??)
文が彼の優しさに感動しようとしていると、
「俺の人生で初だったな。再ポリクリ(医学生の病院実習)させられたの。“再”が付くものに人生でかかわるとは思ってもみなかった。」
と、彼は文をさらに落ち込ませるようなことを言ってのけた。文はしゅんとして小さくなって消えてしまいたいような気分にさせられていた。
「すみません。本当に何と言っていいか。許していただけますか?」
蚊の鳴くように小さく文が言い、下から上目使いに彼を見上げている。
「許すか・・・まあ、お前次第・・・かな?」
そこで飯島は一拍おいて、
「どうする?」
と、意地悪なそして楽しむような口調で問うてきた。
単純な文はその術中にすっかり嵌っていた。手を神に祈るように胸の前で組み、
「なんでも、なんでもします。すみません。」
と嘆願しているのだった。
午後10時
昨夜と今日1日で1年分の時とエネルギーを消費してしまったように、疲
れ切った体で文は自分のベッドに倒れ込んでいた。
お風呂も入らず着替えもせず電気もつけない暗がりの部屋、何もしたくなかった。その暗がりの中でも、左手を掲げると薬指に透明のキラキラした石が付いたものが光って見えた。
それは、文が飯島につけられた見えない鎖だ。
『じゃあ、結婚でもしてもらおうか。』
『はい?結婚ですか?』
文は耳を疑ったがそれはいたずらでも冗談でもなく、考える隙を与えてもらうことなく彼の思惑に乗せられて指輪を嵌められるところまで話が行ってしまった。
(これは夢なのだろうか??)
そう思ってみるが、嵌められた指輪に付いたダイヤの輝きが現実であるといっているのだった。
文は看護学生としての初の病院実習をしていた。基礎実習として少しずつ各病棟を回っていた。そのときに手術室の見学があった。まだ知識や技術はないので見学だけのものだった。指導者に連れられて数分だけのはずの実習だったのに・・・
文の見学した手術は整形外科の下肢の手術。当時はどこのなんの手術なのか知りもしなかった。たまたま執刀した医師が看護学生に友好的だったおかげで、近くで手術の見学することを許された。
学生は看護師だけでなく、医学生も医師同様に術衣を着て見学をしていた。医学生の邪魔にならないように、看護学生は静かに見学していた。医学生は6年生だといっていた。
文から見たら誰が医者でどれが学生さんなのか区別もつかなかった。
青い布の穴の中に白い足が見え、そしてメスが・・・、そして赤いものが視界に入り・・・電気メスの何かが焦げたにおいが手術室内に漂う。
そのときどうしてだったか覚えてはいないが、文だけ特等席のような台に立たせてもらっていたからなお悪かった。
お決まりのように文は気分が悪くなり倒れてしまった。それも誰かを下敷きにして・・・
「あなたは、あの時・・・」
右手と左手の間に見えるこの瞳で思い出してしまった。
「でも、でも」
あの後、学校の先生とともに彼への謝罪に行こうとしたが、拒否されてしまった。謝ることもましてや、彼が誰なのかも知ることもできなかったのだ。
文はいつまでも手を彼の顔の近くに出しているのに気が付き、手を引っ込め誤った。
「その節は、大変御迷惑をおかけしまして。お怪我は・・」
「大したことない・・・脛骨遠位骨折くらいですんだ。」
大したことないでホッとしたのに、次につづく言葉で文は後ろに倒れそう
になった。
(骨折って~~)
さっきまで体が火照っていたのに、サーッと冷水をかけられた様に全身が震えてきた。
国家試験間近の医学生に怪我を負わせていたとは・・・今更なんと謝罪してよいものか・・・。
「まあ、女一人抱きかかえられなくて骨折するのも恥ずかしいとこだがな。」
飯島はそう言って、口角を上げて笑む。
(じゃ、許してくれている??)
文が彼の優しさに感動しようとしていると、
「俺の人生で初だったな。再ポリクリ(医学生の病院実習)させられたの。“再”が付くものに人生でかかわるとは思ってもみなかった。」
と、彼は文をさらに落ち込ませるようなことを言ってのけた。文はしゅんとして小さくなって消えてしまいたいような気分にさせられていた。
「すみません。本当に何と言っていいか。許していただけますか?」
蚊の鳴くように小さく文が言い、下から上目使いに彼を見上げている。
「許すか・・・まあ、お前次第・・・かな?」
そこで飯島は一拍おいて、
「どうする?」
と、意地悪なそして楽しむような口調で問うてきた。
単純な文はその術中にすっかり嵌っていた。手を神に祈るように胸の前で組み、
「なんでも、なんでもします。すみません。」
と嘆願しているのだった。
午後10時
昨夜と今日1日で1年分の時とエネルギーを消費してしまったように、疲
れ切った体で文は自分のベッドに倒れ込んでいた。
お風呂も入らず着替えもせず電気もつけない暗がりの部屋、何もしたくなかった。その暗がりの中でも、左手を掲げると薬指に透明のキラキラした石が付いたものが光って見えた。
それは、文が飯島につけられた見えない鎖だ。
『じゃあ、結婚でもしてもらおうか。』
『はい?結婚ですか?』
文は耳を疑ったがそれはいたずらでも冗談でもなく、考える隙を与えてもらうことなく彼の思惑に乗せられて指輪を嵌められるところまで話が行ってしまった。
(これは夢なのだろうか??)
そう思ってみるが、嵌められた指輪に付いたダイヤの輝きが現実であるといっているのだった。
更新日:2013-07-16 14:38:15