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第3話 「女の子だったら…」

第3話「女の子だったら…」


男尊女卑の強い家に生まれた女の子は、損だ。

「損」などという言葉では言い表せないほど、嫌なことが多い。

おかずは、必ず一品少ない。

夕食だけでなく、お弁当も一品少なかった。

おやつも、例えば兄と弟がケーキとジュースなら、私はケーキとお茶だったりした。

衣類も、もちろん差がある。

余所からお古をもらうような時代ではないので、一応は新品の洋服を買い与えられる。

ただし、頻度がまるで違った。

兄と弟は、少しでも薄くなると新しいくつしたをドンドン買ってもらえた。

私は、穴があいても買ってもらえなかった。

幸い、小学校の家庭科の授業で裁縫を習ったため、繕うことをおぼえた。

おかげで、穴のあいたくつしたを友だちに見られなくて済んだ。

今どき、くつしたぐらい買ってくれてもいいのに…と思わないでもなかったが、母には兄と弟しか見えていなかったのだろう。

家の中での私は、透明人間のようだった。

出張の多い仕事で不在がちな父の代理といわんばかりに、母は兄と弟を大事にした。

一家の大黒柱のように、大切に扱った。

私はというと、まるで養子のような感じだった。

兄や弟が早朝や夜中に「**がない!」と言うと、母は迷うことなく私のものを取って来て「これを使いなさい」と渡した。

買い置きしておいた新しいノート。

一個しかない消しゴム。

同じ日に美術の授業があるというのに、私の絵具を箱ごと弟に渡してしまったこともある。

これが我が家。

兄と弟は男で、私は女。

変更不可能な事実だった。

高校を卒業すると、学費がもったいないからと授業料免除で病院付属の看護学校に行かせられた。

専門学校を卒業し、病院へのお礼奉公を済ませたあと、私は通信制の大学に登録した。

その頃、兄は大学の法学部を卒業し弁護士を目指して勉強中で、弟は三流の私立大学に入り遊び暮らしていた。

職場の寮で自活していたため詳細はわからないが、相変わらず父は滅多に家に帰って来ていないようだった。

要卒単位を全て取り終え、学士の称号を得た春、兄が自殺した。

悪いことは続くもので、弟がバイクで事故を起こして半身不随になった。

余所に女ができていたらしく、父が離婚を申し立てていたさなかの出来事だった。

長年別居同然の状態だったため、父の思惑どおり母との離婚は成立した。

その直後に妊娠がわかり、両親と入れ替わりのように急いで彼氏である放射線技師と籍を入れた。

母は、当たり前のように同居を申し込んできた。

私たちが断ったのは、言うまでもない。

恩着せがましく「子どもを見てあげるわよ」という母に言ってやった。

「女の子だったら可愛そうなことになるから、お断りします」と。

更新日:2013-06-20 21:20:15

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