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ちいさな幸せ

【総二郎→つくし】


その日の降水確率10%。
普通なら、それで傘を持ってくる生徒なんているわけがない。

つくしは、昇降口で、恨めしげに空を見上げた。つい先刻までは、青空が広がっていたのに、いつのまにか真っ黒な雲が覆っている。
霧雨でもなく、小雨でもなく、本格的に降り出した雨は、止む気配さえ見せなかった。

雨が降り出すまえに帰ることもできたのに、今日に限って、担任に用事を言いつけられて、遅くなってしまった。
それが、この結果だ。

もちろん、他に残っていた生徒もたくさんいるが、そこは、ブルジョア英徳学園のこと、次々と正門前に高級車が横付けされていく。

「しょうがないなぁ、ここで待っていても止みそうにないし……」
つくしは、すっと息を吸うと、カバンを頭の上にかざし雨の中へと駆け出そうとした、その時。

「つくしちゃん?」
聞きなれた声がして、おもわず足を止め、振り向く。
「―― 和也くん」

「つくしちゃん、傘持ってないの?」
「和也くんも、まだ、いたんだ。雨ひどくなったね」
和也は、つくしの頭の上にあるカバンと、自分の手にある小さな黒い棒のようなものを交互にみつめると、ふいに、それをつくしの方に押し付けた。

「え、な、何?」
「僕、いつも折りたたみの傘持ってるんだ。つくしちゃん、それ使って」
「でも、そしたら和也くん、どうするの?」
「いいの、いいの」

そう言って、つくしが、引き止めるのも聞かず、和也は雨の中に駆け出していった。
呆然とそれを見送ったあと、渡された折りたたみ傘を広げてみる。

―― ぶっ
と、おもわず吹き出してしまいそうになるのを、堪える。
「うーん。これを使うのは、ちょっと勇気がいるかも」
つくしは、和也の気持ちに感謝しつつも、ため息をついた。
広げた傘の真ん中に、大きな字で「1年3組 あおいけ かずや」と名前が書かれている。ひらがなというところをみると、中学ではなく、もちろん小学校1年のときから持っているものだろう。

ないよりマシかも。
つくしがあきらめて、歩き出そうとしたとき、
「なんだそりゃ?」
ふいに後ろから、呆れたような声がした。
傘を広げたまま振り返ると、そこに立っていたのは、総二郎だった。
「あ、西門さん」
総二郎の視線は、つくしの頭の上の傘から、つくしに移る。

「牧野、おまえ、その傘、さして帰るのかよ」
「わ、悪い? せっかく貸してくれたんだし、びしょ濡れになるより、マシでしょ。そりゃ、ちょっと、恥ずかしいけど」
「ちょっとどころじゃねーな。かなり、ひくぞ、それ」
総二郎の、笑いをこらえたような言葉に、つくしも、おもわず本音が出る。
「やっぱり……、そう、思う?」
「思う」
即答されてしまった。

総二郎は、やれやれと言った顔で、つくしをみつめた後、さらりと言った。
「送っていくよ、いっしょに車乗ってけ」
「えっ、いーよ」
つくしは慌てて、手を振った。
―― そんなこと道明寺にバレたら……。

「今、おまえ司のこと考えてたろ」
「な、なんで、わかるのよ」
「全部、顔に書いてあるからさ。ここで、おまえを置き去りにして、風邪ひかせて、あいつに恨まれるより、俺としては送っていくほうが、安全だな」

「うっ。ありがとう」
「いーえ、どういたしまして。ほら、その傘こっちに寄こしな」
総二郎は、つくしが持っていた和也の傘を、自分の手に受け取ると、つくしの肩を抱き、いっしょに、その傘の中に納まってしまった。

「えっ?」
「車はここまでは、これねーからな。濡れないように、ちゃんとくっついとけよ。それにしても、この傘、ちっちぇーな」

肩に置かれた、総二郎の手に、動揺しつつ、つくしは
「よしっ、走れっ」
といって、雨の中へ駆け出した、総二郎にあわせて、必死に走った。

ただ、総二郎が本気で走っていないことは、わかっていたけれど。
自分に合わせてくれているさりげない優しさは、いつも、どこかのオンナの人にむけられている優しさと同じものだと思っていた。

正門の真横につけられた、西門の車に、先につくしを押し込むと、自分はその後から、傘を閉じながら、乗り込んできた。

「牧野、濡れなかった?」
「あ、うん大丈夫」
そう、言って、つくしが総二郎をみると、彼は左半分、びしょ濡れになっている。
「西門さん、だいぶ濡れたね」

「総二郎さま、傘をお持ちしましたのに」
ふたりの会話を聞いていた、運転手が、驚いたように振り返った。
「いいんだ」
総二郎は、楽しそうに笑って、濡れた上着を脱いだ。つくしには総二郎がなぜ笑っているのかわからない。

「いいんだ」
もう一度、そう繰り返した、総二郎。
「ごめん、彼女を先に、送っていくから」そう言って、シートに身を沈め満足そうに目を閉じた。


つくしは気づかない。
―― 西門総二郎の「ちいさな幸せ」


~FIN~


更新日:2013-04-19 14:05:43

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