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失 恋
【総二郎→つくし】
大学生活も三年目に入った五月のある日のこと。
総二郎は、大学内にあるカフェの窓際の席に、ひとり座り、ぼんやりと外を眺めていた。
何をみるともなしに、ただ、通りすぎていくカップルだの、遠くにみえる木立だのを、眺める。
時折、珍しくひとりカフェで過ごす総二郎をみつけた女子学生が「いっしょしてもいい?」などと声をかけてくるが、顔も見ずに「悪いけど、今日はひとりにしてくれない」それだけ答えるとそれきり無視する、いつもの総二郎とは違う雰囲気に、すごすごと退散していく。
―― やっぱ納得いかねぇ
総二郎は無意識につぶやいた。
ことの起こりは、一週間ほど前のことだった。
いつものように、いきつけのクラブで過ごしていた総二郎は、自分の周りにいるオンナ
達といっしょに来ておきながら、ひとり、少し離れたカウンターで、カクテルを飲んでいるひとりの女に目をとめた。
しばらく、しきりと話しかけてくる周りの連中に適当に相槌を返しながら、その女を観察していたが、どうみても、この雰囲気を楽しんでいるようにはみえない。
無理やり連れてこられたクチだな。
今時めずらしい、黒髪で、そのままストレートに伸ばしている。
どうみても、日本人形のようで、この場所からも浮いている。
なんとなく気になる。
「なぁ、あの子、名前なんてーの?」
総二郎の隣にずっとべったりくっついていた顔なじみの女に、彼女のほうを指差しながら聞いてみる。
「ああ、スミレ。なんだか今日、落ち込んでるみたいだったから、楽しいところに連れてってあげるって誘ったのよ。でもあれじゃ、誰も声なんてかけないわよね。普段はわりと明るいんだけど」
「ふーん、スミレちゃんね」
「ちょっと、話してみたいな」
総二郎はそう呟くと、立ち上がった。
「えーっ、ちょっと待ってよ、西門クン。今日はあたしと付き合うって約束でしょ」
「すぐ戻ってくるよ」
そう、言い残し席を移る。
スミレに近づくと、「ここ、いいかな」と隣の席に、返事を待たずに腰掛ける。
一瞬、驚いたような顔をして、総二郎のほうをみたスミレは「もう、座ってるじゃない」と返事をした。
「スミレちゃんだよね。俺は――」
「西門さんでしょ、知ってるわよ。あなたは有名だから。茶道の大家の次期家元だってこともね」
もっと、しおらしい感じなのかと思ったら、なかなか気が強そうな感じの子である。
「俺もここで飲んでいい?」
「いいんじゃない? あたしはこれ飲んだら帰るから」
―― おいおい。
総二郎は、いつもと違って、なんだか自分のほうがこの子に執心しているような気がしてきて、少しとまどった。
あっさり「じゃあ」と言って、もとの席に戻ればいいのだが、スミレのことをもっといろいろ知りたい気がして、なかなか立ち去れない。
おまけに、なんだかいつもと勝手が違い、巧い言葉が出てこない。
そうこうするうちに、スミレは飲み干したグラスをカタンとカウンターに置くと、最初にいったとおり、
「それじゃね、西門さん」
そう言って、出口へと向かっていく。
慌てて総二郎は、そのあとを追いかけた。
会計を済ませて、外にでたスミレを、店の外でつかまえる。
「スミレちゃん、これ、俺の携帯の番号。気が向いたら、電話して」
そういって、手帳を破ってかいた小さな紙を無理やり渡す。
スミレは、その紙と総二郎の顔を交互にみると、首を傾げた。
「わざわざ、あたしの方から、西門さんに電話しないといけないわけ?」
そして、その紙を総二郎のほうに、押し付けた。
「そんなの、いらないわ」
予想外の返事に、総二郎は、実は動揺していた。
今まで、逆のパターンはあれど、突っ返された経験など、一度もない。
そうなるとなんとしても、またスミレに逢いたい気が、沸き起こってくる。
大学生活も三年目に入った五月のある日のこと。
総二郎は、大学内にあるカフェの窓際の席に、ひとり座り、ぼんやりと外を眺めていた。
何をみるともなしに、ただ、通りすぎていくカップルだの、遠くにみえる木立だのを、眺める。
時折、珍しくひとりカフェで過ごす総二郎をみつけた女子学生が「いっしょしてもいい?」などと声をかけてくるが、顔も見ずに「悪いけど、今日はひとりにしてくれない」それだけ答えるとそれきり無視する、いつもの総二郎とは違う雰囲気に、すごすごと退散していく。
―― やっぱ納得いかねぇ
総二郎は無意識につぶやいた。
ことの起こりは、一週間ほど前のことだった。
いつものように、いきつけのクラブで過ごしていた総二郎は、自分の周りにいるオンナ
達といっしょに来ておきながら、ひとり、少し離れたカウンターで、カクテルを飲んでいるひとりの女に目をとめた。
しばらく、しきりと話しかけてくる周りの連中に適当に相槌を返しながら、その女を観察していたが、どうみても、この雰囲気を楽しんでいるようにはみえない。
無理やり連れてこられたクチだな。
今時めずらしい、黒髪で、そのままストレートに伸ばしている。
どうみても、日本人形のようで、この場所からも浮いている。
なんとなく気になる。
「なぁ、あの子、名前なんてーの?」
総二郎の隣にずっとべったりくっついていた顔なじみの女に、彼女のほうを指差しながら聞いてみる。
「ああ、スミレ。なんだか今日、落ち込んでるみたいだったから、楽しいところに連れてってあげるって誘ったのよ。でもあれじゃ、誰も声なんてかけないわよね。普段はわりと明るいんだけど」
「ふーん、スミレちゃんね」
「ちょっと、話してみたいな」
総二郎はそう呟くと、立ち上がった。
「えーっ、ちょっと待ってよ、西門クン。今日はあたしと付き合うって約束でしょ」
「すぐ戻ってくるよ」
そう、言い残し席を移る。
スミレに近づくと、「ここ、いいかな」と隣の席に、返事を待たずに腰掛ける。
一瞬、驚いたような顔をして、総二郎のほうをみたスミレは「もう、座ってるじゃない」と返事をした。
「スミレちゃんだよね。俺は――」
「西門さんでしょ、知ってるわよ。あなたは有名だから。茶道の大家の次期家元だってこともね」
もっと、しおらしい感じなのかと思ったら、なかなか気が強そうな感じの子である。
「俺もここで飲んでいい?」
「いいんじゃない? あたしはこれ飲んだら帰るから」
―― おいおい。
総二郎は、いつもと違って、なんだか自分のほうがこの子に執心しているような気がしてきて、少しとまどった。
あっさり「じゃあ」と言って、もとの席に戻ればいいのだが、スミレのことをもっといろいろ知りたい気がして、なかなか立ち去れない。
おまけに、なんだかいつもと勝手が違い、巧い言葉が出てこない。
そうこうするうちに、スミレは飲み干したグラスをカタンとカウンターに置くと、最初にいったとおり、
「それじゃね、西門さん」
そう言って、出口へと向かっていく。
慌てて総二郎は、そのあとを追いかけた。
会計を済ませて、外にでたスミレを、店の外でつかまえる。
「スミレちゃん、これ、俺の携帯の番号。気が向いたら、電話して」
そういって、手帳を破ってかいた小さな紙を無理やり渡す。
スミレは、その紙と総二郎の顔を交互にみると、首を傾げた。
「わざわざ、あたしの方から、西門さんに電話しないといけないわけ?」
そして、その紙を総二郎のほうに、押し付けた。
「そんなの、いらないわ」
予想外の返事に、総二郎は、実は動揺していた。
今まで、逆のパターンはあれど、突っ返された経験など、一度もない。
そうなるとなんとしても、またスミレに逢いたい気が、沸き起こってくる。
更新日:2013-05-20 18:27:20