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星高は勝ち進んだ。けど良くも悪くも投手次第のチームだった。

アイツは文句なしの快投をしたかと思うと、打ち込まれることもあった。ただ、試合を重ねるごとに、あらゆる面でレベルが上がっているのは明らかだった。

準決勝は、あと2死で完全試合だった。星高側のスタンドは、名門進学校が経験したことのない興奮に満ちていた。結局そこから3点取られて追いつかれ、その裏にアイツがサヨナラヒットを打つというワケの分からない試合になったけど。

でも、それが逆にアイツのスター性を高めることになった。星高は政財界に数多くの著名人を輩出する全国的な有名校。『すぽるて』で取り上げられたこともあって、決勝までの3日間は、ちょっとした“三上ブーム”が起きていた。

そして注目の県大会決勝で、アイツはノーヒットノーランを達成した。星高の甲子園初出場を、これ以上ない形で決めた。これまで欠けていた安定感が加わり、間違いなく今までで一番いい投球だった。

マウンドで絶叫するアイツを見て、自然と涙が溢れた。

…物心ついた時にはボールを握っていた。その頃にはもう「こうしえん」「ぷろやきゅう」と言ってたらしい。リトルに入るとマウンドに立つのが当たり前だった。遊びたいのも我慢して野球に打ち込んできた。

中学に入ると色んな高校の大人たちから誘われるようになっていた。全国大会の常連だったし、最後の横浜スタジアムではベスト4まで勝ち進んだ。誰もが強豪私立で甲子園を目指すと思っていた。

けどオレが選んだのは星高だった。中学までの野球仲間にはバカにされたけど、オレなりの考えがあった。野球だけに人生懸けるリスクを追うほど、悪い脳を持ってはいない。野球に懸けるしかない脳筋のおまえらと一緒にすんな。

オレは二物を与えられた。プロ野球の選手か、ビジネスのエリートか。より確実で、より上に行くために、ぎりぎりまで見極めてやる。

名門進学校で甲子園出場を決めたんだ。その選択が間違ってなかったと証明できたのも嬉しい。

ただ星高からオレに掛けられた重圧は、なかなかなものだった。野球部、先生、OB、地元の人たちの顔が浮かぶ。想像以上だった重荷が下りた安堵に浸っている自分がいる。

星高史上初の快挙と、県の野球史に残る快投に沸く球場。スタンドが震えるような大歓声と拍手。その大半は投手・三上への称賛だ。心地よく耳に響くはずの言葉は、オレの心に一つ…また一つと、トゲのように刺さっていた。そして抑えていたはずの黒い感情を呼び起こして行った。

立役者であるはずのオレが、なんでマウンドじゃなくスタンドにいるんだ?自分が味わうはずだった瞬間をスタンドで…しかも女子高生として見てるだけなんて…。あんまりじゃないか?

オレが味わうはずだった最高の瞬間は…たぶん高校球児にとって最高の瞬間の一つは、ちょっと前まで女子マネしてたアイツに持っていかれたんだ。

父さんと母さんが、少し離れたところで泣いていた。それを見て無性に腹が立った。アンタたちは気づきもしないんだな。本当の息子は、ここで見てる女子高生だって。まぁ、それでもいいのか。世間的には息子がヒーローになったんだからな。

黒い感情は渦を巻き、オレの心を灰色に変えていた。

アイツは校歌を歌いながら肩を震わせて泣いていた。オレの指導が厳しくて、衝突することも多かった。ハイレベルな要求に女子マネだったアイツは戸惑っただろう。そう。今日のこの快挙があるのは、やっぱりオレのお陰だ。

野球部を辞めてから仲良くなった優樹菜が、隣で顔をぐしゃぐしゃにしながら抱きついてきた。
「アヤ、嬉しそうだね」
「はぁ?そ、そぉ?」
「別れても、昔好きだった人が頑張ってるの喜べるって、アヤ結構イイ女だね」
「…そ、そぉかもね…」

母校の甲子園出場が決まったスタンド。女子高生の涙に黒い涙が混じってるなんて、優樹菜じゃなくても理解できる人はいない。

いいさ。いずれは元に戻る。きっと元に戻るんだから…。その時までケガすんなよ。オレの名前を汚さず、怪我もしないようにな。今はせいぜい頑張ってくれよ。

校歌を歌い終え、フェンス際に駆け寄る部員たち。優樹菜はカレシの藤川と…オレが小学校からバッテリーを組んでた藤川と、手を振り合って喜んでいた。

アイツは今の彼女と喜び合うんだろうな…一瞬、胸が締め付けられた。

けど、アイツと目が合った気がした。オレの正面に立ち、手を振ってくれた。

オレじゃないよな?と思いながら、手を顔の横まで上げた。周りの女どもが「きゃー三上くーん!」と手を振っていた。そーだよな。

手を振り返したら恥ずかしい思いをするところだった。オドオドと目を泳がせ、アイツから目線を切った。

更新日:2013-12-17 12:15:11

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