• 1 / 95 ページ

フェンス越しのオレ

挿絵 200*434

久しぶりの球場。懐かしい雰囲気だ。

あいつは頑張ってるかな。今年は甲子園に行かないと許さないないからな。三上は…と、いたいた。いい球投げてるな。

マウンドにいるのは、県内屈指の進学校「星高」のエース三上。強豪私立高の付属中学から星高に進学し、同校悲願の甲子園初出場を託された逸材だ。

“ある事故”がきっかけで長いスランプに入ったけど、最終学年の今年はプロのスカウトが頻繁に足を運ぶほど注目を浴びている。

それにしても球速いなぁ。オレもまぁまぁ速い球投げてたつもりだけど…。敵わないな。

でもオレはまだあの時、高1だったから。高3まで続けてたら、あれくらい出ていたんだと思う。…きっと。

負け惜しみじゃない。

だって…。あのマウンドで投げてるのは“オレ”なんだから。本当なら、あそこに立ってるのはオレだったんだ…。

オレは汗で肌に張り付いたTシャツの胸元を摘まみ、中に風を送り込んだ。

あっつ…。Tシャツ1枚で来て正解だったな。黒のTシャツだから下着は透けないだろ。

同級生のマネージャーとオレの心と体が入れ換わったのが2年の春。

何日経っても戻る気配はなかった。違う人間、違う性別を演じる苦労はお互いに大変なもので、二人でいる時間が増えるのは当然の事だった。“付き合ってる”と周りに思われるのは自然な流れだった。

大会が目前に迫っていたから、オレはアイツにピッチングのノウハウや、心構えなんかを叩き込んだ。じゃないと、いくらオレの体とはいえ、女子マネごときに野球部のエースは務まらないからな。

周りには熱心な女子マネ、献身的なカノジョに見えていたようだ。

なかなか元に戻れない日々に焦りは募った。アイツのピッチングが思うように上達しないのにもイライラした。でも、夏休みが終わる頃には何とか元のレベルのピッチングができるようになった。秋の大会は創部以来最高の成績で、翌春のセンバツにあと一歩というところだった。

なのに…。勝てばセンバツほぼ確実という大事な試合の直前に、あろうことかアイツが別の女と付き合っていることが発覚した。女のくせに。アイツはオレを捨てたんだ。試合のことは良く覚えていない。ただ気が付いたら負けてた。

オレは野球部で“捨てられた女”として腫れ物扱いされるのが嫌で…そして“元オレ”の活躍を女子マネとして見続ける屈辱に耐え切れず、3年になる頃には部に顔を出さなくなっていた。

はぁ…。あのマウンドにオレが立つことは、もう二度とないのかな…。

更新日:2013-12-17 11:15:47

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook