官能小説

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通勤

 玄関を後にした悠里は息子の視線を背中に感じつつ、いつもの角を左に曲がった。
 振り返りたい気持ちになるのは毎朝の事だったが、後ろ髪を引かれて出勤するのが嫌になってしまいそうで、意地になって振り向かずに歩き続けた。自分の背中が見えなくなるまで玄関先で見送る様になったのがいつ頃なのかは知らなかったが、その視線に気付いたのは三ヶ月ほど前……悠吾が三年生になった頃だった。
 携帯電話を取り出そうとハンドバッグに手を入れた時、エプロンのポケットへ入れっ放しだった事に気付いたのだ。慌てて引き返そうと振り返ったが、そこには玄関先でサンダル履きのまま悠里を見送る息子の姿があった。春と言えども朝晩は冷える事がある、とっくに家の中へ戻ったと思っていたのに、鎖に繋がれたままご主人様を見送る子犬のような、そんなけな気な息子の姿を見て思わず抱きしめたくなってしまった事をよく覚えている。以来、角を曲がるまで決して後ろを振り返らない事に決めているのだ。
 本当は今だって飛んで帰って抱きしめてあげたい、子供である間は精一杯の愛情を注いであげたい、もう何年もしない内に親離れしてしまうのだから、我儘だろうと何だろうと求められればすべて与えてあげたい……溺愛だと罵られようが過保護だと誹られようが、いま愛すべき人は悠吾一人しか居ないのだ。

 悠里はぼんやりと考え事をしつつ駅へと向かっていた。
(そう言えばあの子に涙を見せたのは何年ぶりの事だっただろう?
 様々な感情が複雑に絡み合って溢れ出した涙
 でも、悲しかったわけじゃない
 ずっと望んで来た事がその通りになっただけ
 むしろ嬉しかったのかもしれない
 それはなんの前触れも無く突然やって来たから
 戸惑って受け損なっただけ
 今度はしっかり向き合って受け入れてあげたい
 ……あの子がそれを望むのなら
 だって、私にはあの子しかいないのだから)

 夫との関係が次第に冷え、別居にまで発展した時から行き場をなくしていた愛情は、いつしかそのすべてが息子に注がれるようになっていた。もしも、あの子がいなかったなら、今頃は道ならぬ恋に堕ち、破滅へ向かって一直線にひた走っていたかもしれない。零れそうな愛をどんな形であれ異性に注いでいなければ生きられない……それが女の性と言うものなのだろうか。

更新日:2013-03-13 00:08:04

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