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「な、なんじゃ! 離せ! 今は見逃してやると言うておるんじゃ! 死の恐怖に怯えながら残り少ない命を謳歌するがいいわ!」
「あのさぁ……だったらとっとと行けよ。飛んでるのに走るより遅いって……それ、俺たちを笑わせようとわざやってんのか?」
「やかましいわ! わ、儂は高尚な天狗様ゆえ、優雅に飛びたいだけじゃ!」
 千歳丸が小天狗の羽根を離す。小天狗はまたもや必死に小さな羽根を羽ばたかせる。だがその速度は目で追うより遥かに遅い。今度はこゆずが小天狗の襟を摘まみ上げた。
「なんじゃ! や、やるのか! 儂の目溢しをふいにしおってからに! よ、よぅし。儂の恐ろしさ、とくと……」
「神通力はもう使えないのですよね?」
「……みゅ……」
 小天狗はぽかんとこゆずを見上げ、だが次の瞬間、強敵に出会ったかのように、両手両足をバタバタさせて身もだえし始めた。
「離せ離せ離せ! 儂に構うな! わ、儂に……儂……っく……ひぐっ……」
 徐々に涙目になり、しゃくり上げ始めた小天狗は──。
「ぴーっ!」
 堰を切ったように泣き出した。
「げっ、泣くかここで!?」
「わたしがいじめたみたいになっちゃいましたね」
 こゆずが小天狗の襟から手を離すと、小天狗はころんと地面に転がり、そのままピィピィと泣き続ける。
「小娘……小娘が儂のうちわ……小僧が生意気に……ぴゃーっ!」
 千歳丸はぼりぼりと頭を掻きながらこゆずに歩み寄る。
「お嬢、どうする?」
「そうですね……」
 こゆずは指先を唇に当てて考え込む。何か名案が浮かんだのか、こくりと頷いて小天狗の隣にしゃがみこんだ。
「小天狗ちゃん。わたしは各地で起きている怪異を、姫巫女様から学んだ呪術で鎮める旅をしています。千歳丸さんもわたしを手伝ってくださっています。各地を旅しているので、珍しい品物に出会う事もあります。ですから、小天狗ちゃんもわたしに同行してくれませんか? きっと新しいうちわも見つかると思いますよ」
「お嬢! 何言ってやがんだよ! このチビは忌生物なんだろ? 封じられるほどの悪餓鬼じゃねぇか! 何血迷った事言ってんだよ!」
 こゆずは小天狗の傍にしゃがみこんだまま、千歳丸を見上げて微笑む。
「大丈夫です。小天狗ちゃんはうちわがなければ神通力は使えません。だからもう封じなければならないほどの悪さはできないはずです。それに同行させれば、わたしが監視できます」
 小天狗はゴシゴシと目元を拭い、こゆずを見上げる。
「どうですか、小天狗ちゃん? わたしを手伝ってくれませんか?」
 盗賊として自分を襲ってきた千歳丸を一撃で虜にしてしまった、愛くるしい笑みを浮かべて、こゆずは小天狗にもう一度問い掛ける。
「……うちわを手に入れたら、まず小娘を痛めつけてやるぞ? それでも儂のうちわを探してくれると言うのか?」
「うふふ。怖いですね。でもわたし、困っている人を見捨ててはおけません」
「お嬢。このチビは人じゃなくて忌生物だろ」
 しばらく考え込んでいたが、小天狗は立ち上がって、めいっぱい胸を張って見せる。
「わ、儂の手助けがどうしても必要というのなら、三食の飯と団子付きなら手伝ってやらんでもない」
「ハァッ!? 何でてめぇのメシの世話なんか……」
 千歳丸が声を荒げるが、こゆずは錫杖で彼を制した。
「あら、小天狗ちゃんはお団子好きなんですね。わたしはヨモギ餅が好きです」
 小天狗の目の色が変わった。まるで子犬が飼い主に尻尾を振るように、身を乗り出してこゆずを見上げている。
「ほう、なかなか気が合うではないか。儂はヨモギに加えてきな粉も好物じゃぞ」
 彼は今にも涎をたらしそうな勢いで、自分の好みを伝える。

更新日:2013-02-28 17:55:17

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