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小説

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【密かに喜んで──】

千歳丸の鉈の一撃をぴょんと飛んでかわし、小天狗はトトトッと彼の腕を駆け上がって、ちょこんと頭の上に座る。その行為によって、頭に昇った血を更に沸騰させた千歳丸は、鉈の柄を小天狗目掛けて振り下ろし、またもや軽々とその攻撃を小天狗が避けた事により、彼は自分で己の頭を強打する。
「……っでー!」
 蹲って頭をさすり、千歳丸は涙目になる。
「ひょほほっ! 間抜けじゃの! 己で頭を殴って、阿呆が更に阿呆になったかや?」
「なるか!」
 高下駄をカラカラ鳴らしてちょこまかと走り回り、大振りでガサツで余計な動作ばかりの千歳丸をからかって遊んでいる小天狗。 形(なり)は幼子であっても、何百年も生きている天狗であり忌生物であり、しかし言動はやはり幼子そのものだ。天狗の神通力を悪戯に使う分、人間の子供より性質(たち)が悪い。
「さてそろそろオヌシらと遊ぶのも飽いてきたわ。これで終いにしてくれようぞ!」
 小天狗が楓のうちわを高々と掲げた。そのまま大きく腕を振り下ろす。
「やべっ! また変な力を……ッ!」
 千歳丸が両腕で頭を庇いながら身を固くする。だが、待てど暮らせど、先ほど食らったようなつむじ風がやってこない。
「ん?」
「おりょ?」
 小天狗は、何も持っていない小さな手を、開いたり握ったりしている。
「お終いなのはわたしたちの方です」
 小天狗のすぐ傍で、こゆずは “楓のうちわ” を手に、にっこりと微笑んでいる。
「ムッ! 返せ! 小娘、それは儂のうちわじゃ! 返せと言うに!」
「返しません。これがないと、あなたは神通力を使えない。だから千歳丸さんの攻撃からちょこまか逃げるだけだったんですね。わたし、ちゃんと見てましたから」
 小天狗がうぐぐと言葉に詰まる。
「なんだ。じゃあそいつを取り上げられた今のチビは、ただのすばしっこいチビなんだな?」
「ち、違うわい! わ、儂はそんなもんなぞ無くても、オヌシらなんぞ一捻りじゃぞ!」
「でしたらやってみてください」
 こゆずはうちわを片手で高く掲げ持ちながら、屈託のない笑みで小天狗を挑発する。小天狗はギリギリと歯を食い縛り、こゆずの手のうちわ目掛けて飛び上がった。背中の黒い羽根も羽ばたかせているので、通常の幼子が飛び上がれないほどの高さまで飛び上がる。
 が、こゆずは手を挙げたまま、すいっと数歩後退した。小天狗がヒャッと声をあげながら、見事に顔面から地面に着地する。どうやらうちわがないと神通力が使えないだけでなく、さきほど見せた身軽さも失われるようだ。
「お嬢やるじゃん! でもいつチビからそいつを取り上げたんだ?」
 千歳丸は腰に手を当てて首を傾げる。こゆずは土塗れで転がりながら追いかけてくる小天狗を、無駄のない動作でひょいひょいとかわしながら答える。
「千歳丸さんとじゃれあうのに夢中になっている隙に、こっそり背後から近付いて取り上げました」
「スリも真っ青な腕前だな。あ、チビが間抜けなのか。あはは!」
「小僧も小娘に気付いておらなんだろう! 同じ穴のムジナじゃ!」
「ぐっ……」
 小天狗の顔は、もはや土で汚れて真っ黒だった。白髪も衣服も転げ回ったせいでボロボロになっている。
「小娘! うちわを返せ! この性悪めが!」
「ンだとチビ! お嬢を悪く言う前に、てめぇの方が根性クソ色じゃねぇかよ!」
 こゆずを馬鹿にされた千歳丸が、彼女に代わって意味なく逆上する。
「小娘に相手にされんからといって儂に当たるとは、オヌシもまだまだ小童(こわっぱ)じゃのぅ」
「ぐ、ぎ……ブッ潰す! お嬢! そのチビ、俺にやらせろ!」
 千歳丸が顔を真っ赤にして鉈を振り上げる。
「千歳丸さん! わたしの前で余計な殺生は許しませんよ」
「うぐぐ……」
 こゆずに窘められ、千歳丸がギチギリ奥歯を噛み締める。
「小天狗ちゃんには改めて封印してしまうより、こうした方が効果がありそうですね」
「小娘? 何を……ああっ!」
 こゆずは躊躇いなく、手にした楓のうちわをビリビリと破り捨てた。細切れになったうちわは煙を上げて消えてしまう。
「……お嬢……容赦ねぇな……」
「小娘貴様ーッ!」
 小天狗は今にも泣き出しそうな顔になり、小さな手でポカポカとこゆずの腿を叩く。まさに幼子が母親に八つ当たりしている様子そのものだった。
「これでもう神通力に頼った悪さはできませんよ」
「おのれ、覚えておれ! いつか必ず復讐してくれるわ! 儂を怒らせた事を悔やむがいい!」
 小天狗は背中の羽根を大きく広げ、飛び立った。
「……。」
 ふよふよと、野鳥と比べ物にならないほど……炉の煙が立ち昇るよりもゆったりとした、なんとものんびりとした飛行物体がこゆずと千歳丸の前を通り……とお……通り過ぎずに、まだふにふにっと浮かんでいる。千歳丸はトンボの羽を摘まむように、 “小天狗の羽根” を掴んだ。

更新日:2013-02-28 17:52:43