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【少女はにこりと──】
人の手が入っていない雑木林。鉈を使って邪魔な枝葉を切り落とし、細い道を開いてゆくと、ふいに空けた場所へと出た。
彼はにやりと愛嬌のある表情を浮かべ、背後から付いてくるはずの同行者に呼びかける。
「お嬢! ここで休憩できそうだぜ!」
ろくな手入れもせずにだらしなく伸びた長い髪が周囲の枝に引っかかったが、彼は気にせず最後の仕事とばかりに、鉈でその場を更に広く切り開いた。
「はふぅ……」
サラサラの黒髪を可愛らしい組紐で結った少女が、手にした錫杖で切り損ねた小枝や足元の雑草を払いのけながら彼に追いついてくる。彼女は大きく一息吐き、衣服に付いた葉を払い落としながら小さく不平を漏らした。
「あちこち引っ掻いてしまいました」
「怪我したのか? 見せてみろよ。ほら、薬塗ってやっから」
「貴重なお薬を塗るほどではありません。結構です」
少女は乱れた髪や衣服を整えながら、青年のやや過剰な気遣いを丁寧に断った。青年はあからさまに落胆する。
「いや、でもさ。小っせぇ怪我が化膿……だっけ? 何かそんな変なのになったら大変じゃん? お嬢は俺と違って女だし」
「本当に平気ですから気になさらないでください。これも姫巫女様から命ぜられた修行の一環です。それにわたし、そこまで脆弱ではないですよ」
「ぜ……ぜじゃ……は?」
戸惑う彼の様子を見て、少女はくすくす笑った。
「脆弱。脆く弱いという意味です。この場合は、わたしはあなたが思うほど、か弱くはないですよ、という意味を指します」
苦虫を噛み潰したような表情になり、彼は唇を真一文字に引き結んだ。
「お嬢はいつもそうやって、俺を馬鹿にすんのな。確かに俺は頭悪ぃけどさ、これでもお嬢の護衛なんだ。からかうのもいい加減にしてくれ」
「からかってなどいませんよ? わたしは千歳丸さんに言葉の意味を教えただけです」
きょとんとして真顔で答える少女。彼女は自分で口にした通り、彼の知識の浅さを馬鹿になどしていない。互いの会話の論点が、水準が、温度が、そもそも違っているだけだった。知的水準が食い違っているとも云える。
「そういうのが! お嬢の鈍いトコなんだよ! 俺だって好きで馬鹿な訳じゃねぇよ!」
臍を曲げてしまった彼の姿に、少女は戸惑う。
「も、申し訳ありません。わたし、またあなたを困らせてしまっていたのですね。何かお詫びを……」
「うぐ……」
しょんぼり肩を落として彼を見つめる彼女の姿に、彼は頬を上気させて唸る。
「……い、いいよ。もう。その代わり、お嬢を、な、名前で呼……うぁーっ! 何でもねぇ! お嬢、ほら休憩!」
「はい。後に備えてしっかり休みましょう」
少女はにこりと微笑み、手にした錫杖をしゃらんと鳴らした。
少女の名はこゆず。民を苦しめる忌生物(いきもの)による怪異(あやしごと)を、姫巫女から学んだ呪術によって鎮める命を与えられた旅の巫女だった。
彼の名は千歳丸。元々は女一人旅だったこゆずの金銭を狙って襲ってきた盗賊だったのだが、こゆずのあまりに恐れ知らずな態度──世間を知らなさ過ぎるだけだが──と、彼女の容姿に惚れ込み、つまり一目惚れをしてしまい、半ば強引に護衛を申し出て現在に至る。
対照的な二人のちぐはぐな旅は続く。
彼はにやりと愛嬌のある表情を浮かべ、背後から付いてくるはずの同行者に呼びかける。
「お嬢! ここで休憩できそうだぜ!」
ろくな手入れもせずにだらしなく伸びた長い髪が周囲の枝に引っかかったが、彼は気にせず最後の仕事とばかりに、鉈でその場を更に広く切り開いた。
「はふぅ……」
サラサラの黒髪を可愛らしい組紐で結った少女が、手にした錫杖で切り損ねた小枝や足元の雑草を払いのけながら彼に追いついてくる。彼女は大きく一息吐き、衣服に付いた葉を払い落としながら小さく不平を漏らした。
「あちこち引っ掻いてしまいました」
「怪我したのか? 見せてみろよ。ほら、薬塗ってやっから」
「貴重なお薬を塗るほどではありません。結構です」
少女は乱れた髪や衣服を整えながら、青年のやや過剰な気遣いを丁寧に断った。青年はあからさまに落胆する。
「いや、でもさ。小っせぇ怪我が化膿……だっけ? 何かそんな変なのになったら大変じゃん? お嬢は俺と違って女だし」
「本当に平気ですから気になさらないでください。これも姫巫女様から命ぜられた修行の一環です。それにわたし、そこまで脆弱ではないですよ」
「ぜ……ぜじゃ……は?」
戸惑う彼の様子を見て、少女はくすくす笑った。
「脆弱。脆く弱いという意味です。この場合は、わたしはあなたが思うほど、か弱くはないですよ、という意味を指します」
苦虫を噛み潰したような表情になり、彼は唇を真一文字に引き結んだ。
「お嬢はいつもそうやって、俺を馬鹿にすんのな。確かに俺は頭悪ぃけどさ、これでもお嬢の護衛なんだ。からかうのもいい加減にしてくれ」
「からかってなどいませんよ? わたしは千歳丸さんに言葉の意味を教えただけです」
きょとんとして真顔で答える少女。彼女は自分で口にした通り、彼の知識の浅さを馬鹿になどしていない。互いの会話の論点が、水準が、温度が、そもそも違っているだけだった。知的水準が食い違っているとも云える。
「そういうのが! お嬢の鈍いトコなんだよ! 俺だって好きで馬鹿な訳じゃねぇよ!」
臍を曲げてしまった彼の姿に、少女は戸惑う。
「も、申し訳ありません。わたし、またあなたを困らせてしまっていたのですね。何かお詫びを……」
「うぐ……」
しょんぼり肩を落として彼を見つめる彼女の姿に、彼は頬を上気させて唸る。
「……い、いいよ。もう。その代わり、お嬢を、な、名前で呼……うぁーっ! 何でもねぇ! お嬢、ほら休憩!」
「はい。後に備えてしっかり休みましょう」
少女はにこりと微笑み、手にした錫杖をしゃらんと鳴らした。
少女の名はこゆず。民を苦しめる忌生物(いきもの)による怪異(あやしごと)を、姫巫女から学んだ呪術によって鎮める命を与えられた旅の巫女だった。
彼の名は千歳丸。元々は女一人旅だったこゆずの金銭を狙って襲ってきた盗賊だったのだが、こゆずのあまりに恐れ知らずな態度──世間を知らなさ過ぎるだけだが──と、彼女の容姿に惚れ込み、つまり一目惚れをしてしまい、半ば強引に護衛を申し出て現在に至る。
対照的な二人のちぐはぐな旅は続く。
更新日:2013-02-28 17:44:17