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 自己紹介するときに僕はいったいどこから話していいのかわからなくなる。

 十年前からコツコツと書き続けていた日記のお陰で、僕の「自分に関する歴史」は縮尺100分の1の地図並みに精密に構成されている。緻密過ぎて使えない代物だ。近所のコンビニを探すのに世界地図を使っている気分になる。
 いつもは簡単に、地図の中の主な都市名をぽつりぽつりと述べてみる。そして少しだけ後悔する。おい、それは本当なのか。あのぬかるみ池のことを話してないじゃないか。省略していいのか。

 いいに決まってる。誰が聞きたいというんだ?誰も聞きたくないだろうし、僕自身も出来ればその部分を切り捨ててしまいたい。丁寧に「ぬかるみ池」に関するページを何枚も切り取り、ビニール紐でくくって古紙回収業者に出したい。

 ええっとこれだとポケットテッシュ一個になるんだけどそれでもかまわないかい、にいちゃん。いいですよ、ちょうど鼻をかみたかったし。悪いね、こっちも商売だからさ。

 夜寝る前に僕は地図を更新する。飼い猫の「マグロ」は神妙な顔つきで僕が地図を書き込んでいくのを見つめる。
 そこはもうちょっと小高い山だったよ。そうそう、横には誰も使わなくなった古い洋風の屋敷があるんだよ。奇妙な屋敷でさ、入った人は大勢いるのに出てきた人は誰もいないんだよね。よっぽどいい屋敷なんだろうね。どこかの歌に出てきたホテルみたいにさ。

 あぁ、その通りだね。適当に返事をしながら僕は馬鹿正直にせっせと自分に関する歴史地図を更新する。もちろん毎日がバラ色であるわけもない。全くもって最低な日もあるし、その部分をさけて記述したくなる。が、そうしようとするのを「マグロ」は阻止するのだ。

 おや、どうしたんだい?地図は緻密じゃないと使い物にならないじゃないか。今日発見した「草原に隠れていた古井戸」のことはなぜ書かないんだい?

 そして挑むようなにやにや笑いをする。

更新日:2008-11-29 21:32:43

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