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金属、押し入れ、腐女子
子どもの頃、よく押し入れに閉じこもっては、何から隠れるでもなく、ただ息をひそめていた。
ちょっと埃っぽい空気と、閉じ切らないふすまの隙間から差し込んでくる光。
小さな直方体の中で、自分の呼吸音だけがやけに強調されて聞こえて。
自分が此処にいることを、自分以外の誰も知らない。それはすごく怖いことで、同時にドキドキすることでもあった。
「――――で」
「うん」
「なんでいきなりそんな話を?」
「……なんとなく、暇つぶし」
「その話に対して、俺はどんな反応をすれば」
「特にいらない」
「はあ」
聞こえよがしにため息をついて、彼はまた天井を見やる。白い天井。ここは狭くも、埃っぽくもない。周囲にあるのは木製のふすまじゃなくて金属の壁だし、もちろん光が差し込むような隙間もない。というか、この空間が既に明るい。
窓を打つ雨音は、やまない。
「電車、いつ動くんだろうね」
「俺に言われても」
同じように足止めを食らって途方に暮れている人々に紛れて、まるで内緒話でもしているかのように会話を交わす。周囲からも同じようにボリュームを抑えた声が時々聞こえてくるものの、そのほとんどは雨音にかき消されてしまう。
「大体、雨が降ったくらいで止まるなんて電車という生き物は軟弱すぎる」
彼が不満げにそう呟いた。
「南の国のなんとか大王と現代の科学技術が同レベルだなんて、嘆かわしい」
「いや、今動き始めたって死ぬだけだから」
「こういう事態が予想されるなら発車させるべきじゃなかったと言ってるんです」
「仕方ないじゃん今更」
沈黙。
「面白い話」
「え?」
「土砂崩れ以前に退屈で死ぬ」
勝手に死ねと思ったが、そう思いつつも話す内容を考えている自分が悲しい。
「つくった」
「どうぞ」
「『即席☆分かりやすい現状説明』」
「ほう」
「電車『やめてください、僕にはダイヤがあるんです、こんなところでアナタに構ってる暇は……!』 土砂崩れ『だったら無視して行けばいいだろ? ほら、強行突破でもなんでもしてみろよ』 電車『くっ……!』そう言うと土砂崩れは身動きの取れない電車に手を伸ば」
「死ね」
「ひどっ!」
「腐女子に興味はない」
彼の目が思った以上に冷ややかだったので私は黙った。
いや確かに無理があったけどさ。でも即席でここまで頑張ったことをほめてくれてもいいと思う。
沈黙。
雨音。
時折聞こえてくるひそひそ声。
心地よい眠気に襲われ始めた頃、彼が口を開いた。
「さっきの話ですけど」
「土砂崩れ×電車?」
「なるほど死にたいと見える」
「冗談だよ」
彼は深呼吸をして、目を閉じた。眠る態勢に入ったのかもしれない。
自分から話を振っておいて失礼な奴だと思ったが、その話の腰を折ったのは私だったので何も言わなかった。
「『自分が此処にいることを誰も知らない』」
「……ああ」
「なんでそんなことしたんです?」
私は電車の窓を見た。激しい雨に景色が歪む。その景色と重なって、うっすら私の顔が映る。
「わかんない。いつも最後は自分で出て行ってた」
彼は何も答えなかった。眠ったのかもしれないし、返事を考えるのが面倒になったのかもしれない。私は目を閉じた。このまま退屈で死ぬのかもしれないと少し思ったが、眠りは意外にも早く私の意識をどこかへ運び去って行った。
ちょっと埃っぽい空気と、閉じ切らないふすまの隙間から差し込んでくる光。
小さな直方体の中で、自分の呼吸音だけがやけに強調されて聞こえて。
自分が此処にいることを、自分以外の誰も知らない。それはすごく怖いことで、同時にドキドキすることでもあった。
「――――で」
「うん」
「なんでいきなりそんな話を?」
「……なんとなく、暇つぶし」
「その話に対して、俺はどんな反応をすれば」
「特にいらない」
「はあ」
聞こえよがしにため息をついて、彼はまた天井を見やる。白い天井。ここは狭くも、埃っぽくもない。周囲にあるのは木製のふすまじゃなくて金属の壁だし、もちろん光が差し込むような隙間もない。というか、この空間が既に明るい。
窓を打つ雨音は、やまない。
「電車、いつ動くんだろうね」
「俺に言われても」
同じように足止めを食らって途方に暮れている人々に紛れて、まるで内緒話でもしているかのように会話を交わす。周囲からも同じようにボリュームを抑えた声が時々聞こえてくるものの、そのほとんどは雨音にかき消されてしまう。
「大体、雨が降ったくらいで止まるなんて電車という生き物は軟弱すぎる」
彼が不満げにそう呟いた。
「南の国のなんとか大王と現代の科学技術が同レベルだなんて、嘆かわしい」
「いや、今動き始めたって死ぬだけだから」
「こういう事態が予想されるなら発車させるべきじゃなかったと言ってるんです」
「仕方ないじゃん今更」
沈黙。
「面白い話」
「え?」
「土砂崩れ以前に退屈で死ぬ」
勝手に死ねと思ったが、そう思いつつも話す内容を考えている自分が悲しい。
「つくった」
「どうぞ」
「『即席☆分かりやすい現状説明』」
「ほう」
「電車『やめてください、僕にはダイヤがあるんです、こんなところでアナタに構ってる暇は……!』 土砂崩れ『だったら無視して行けばいいだろ? ほら、強行突破でもなんでもしてみろよ』 電車『くっ……!』そう言うと土砂崩れは身動きの取れない電車に手を伸ば」
「死ね」
「ひどっ!」
「腐女子に興味はない」
彼の目が思った以上に冷ややかだったので私は黙った。
いや確かに無理があったけどさ。でも即席でここまで頑張ったことをほめてくれてもいいと思う。
沈黙。
雨音。
時折聞こえてくるひそひそ声。
心地よい眠気に襲われ始めた頃、彼が口を開いた。
「さっきの話ですけど」
「土砂崩れ×電車?」
「なるほど死にたいと見える」
「冗談だよ」
彼は深呼吸をして、目を閉じた。眠る態勢に入ったのかもしれない。
自分から話を振っておいて失礼な奴だと思ったが、その話の腰を折ったのは私だったので何も言わなかった。
「『自分が此処にいることを誰も知らない』」
「……ああ」
「なんでそんなことしたんです?」
私は電車の窓を見た。激しい雨に景色が歪む。その景色と重なって、うっすら私の顔が映る。
「わかんない。いつも最後は自分で出て行ってた」
彼は何も答えなかった。眠ったのかもしれないし、返事を考えるのが面倒になったのかもしれない。私は目を閉じた。このまま退屈で死ぬのかもしれないと少し思ったが、眠りは意外にも早く私の意識をどこかへ運び去って行った。
更新日:2013-08-31 17:19:21