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 夢を見なくなってもうだいぶ経つ。いつも飲んでいる睡眠薬のせいかと思っていたがそうではないらしい。
 まだ薬が体から抜け切らなくぼーっとしながら僕はいつもの悲しい朝を迎えた。悲しい朝を迎え、つまらない仕事で日々の糧を得て、憂鬱な夜に身を浸す。そうして一日ずつ着実に死に向かっていく。

 こういう申請書を作成しましたから、と歯の裏がヤニで真っ黒になっている医者が書類を差し出した。爪は伸びていて少し汚れている。平成十四年、発症。主な身体症状、気力低下、身体の震え、対人恐怖、などなど。僕は二年にわたってこの病気の治療のために病院に通っていた。そして晴れて医療費免除の申請をもらえることとなった。

 書かれている文章の内容を読んでいるとまるで自分とはまったく関係のない申請書に思える。いかにも役所風の簡潔で機能的な書類。そこに書かれている文章からは僕の背負ってきた地獄はまったく見えてこない。
 果たして僕の地獄は他人と共有できるのか?いいや、できない。共有してみたいと思ったことはあるか?いいや。僕は僕の地獄と他人の地獄の一部を背負って行く。
 少し重そうだね。背負ってあげようか?ありがとう、でも僕のは背負い方にコツがいるんだよ。簡単には背負えない。ずっと背負ってきたから体も少し変形しちゃったよ。
ぼんやりと一ヶ月分の荷物をリュックに詰め込んで冬の四国を歩いていた時の風景を思い出していた。空は灰色で国道沿いには潰れた飲食店。足には穴のあいたニューバランス。

更新日:2008-11-29 21:20:29

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