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1.3 復讐の背中
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翌朝、気持ちよく目覚めた私を海里が見つめていた。
「はっ」
よだれ垂らしてたかも、と確認のために手を口にやると、面白い子だね、と更に面白そうに笑う海里にどきりとする。機械だ、自分は普通の人間ではない、そう言われても、人間らしいこの言動やほほ笑みを見ると、その言葉すらも疑いたくなってしまう。
「理音おはよう」
ベッドに目を向ければ、眠たそうに眼を擦る理音の姿があった、下っ足らずな彼女のおはよう、が聞こえた時、ふわり記憶が瞼の奥に蘇った。
『----おはよう、おねーちゃん』
蒼い、綺麗な瞳を向けた、幼い少年と、その前でほほ笑む母親…
「…どうしたの?」
意識を現実世界に向ければ、急に黙り込んだ私を不審に思ったのか、理音がこちらを不思議そうに見つめている。何もないから、大丈夫だよ、と言ってはみたが、先ほどの記憶に動揺している自分がいる。
幼い少年は、なんとなく、わかった。その蒼い瞳と、あの陽気な、人懐っこい顔…
(鉄…さん)
先日別の編集事務所で知り合うことになった、石川さんの知り合い、だったはずだ。顔は幼いころなのでまるっきりそれ、とは言えなかったけれど、十分似ていた。どくん、どくん、と心臓が大きく鼓動し続ける。
私はそれでも平静を装い、会社に出かけることになる…
車内で、いつも通りパソコンを広げた海里に、静かに音楽を聴き始める理音。手持無沙汰な私は、そのままいつも通り窓の外に思いをはせる。覚醒させられたのは、石川さんの焦りのこもった警鐘からだった。
「この車尾けられてる」
「え?」
「やっぱり、さっきからあの車おかしかったもんね」
海里の呑気な、焦りを感じられない言葉に私はおそるおそるミラー越しに後ろをうかがう。車に乗っているのは…相川さん?
「石川さん、あれ」
「相川ね、どうしてつけてくるのかしら」
私は助手席に座る、鉄、という青年を見て、思わず石川さんにこう言った。
「決して車を止めないでください」
緊迫した私の声色に事情を察してくれたのか、石川さんは目的地である会社を通りすぎ、そのまま高速に乗ってくれた。車をどこかでまけないかと、サービスエリアまであちこち車線変更を行い、なんとか撒くことに成功した。
「それで」
サービスエリアで停められた車の車内で、理音はとうとう、聞いてもいいわよね、と私に詰め寄っていた。もうごまかしも、嘘も笑いも、効果がないであろう…
それに、自分の中で確信ができた事実が見つかったことで、私は今までのことを理音、石川さん、そして海里の3人に事細かく話していた。
---過去の欠片が少しずつ見え、記憶が戻り始めているということ。
---理音以上の、自分が化け物かもしれないという恐怖。
---復讐を仕掛けてくるであろう、失敗作と言われた、双子の弟。
---そんな双子の弟の正体…
「まさか…鉄が…」
石川さんは、信じられない、という表情でそう漏らした。私自身もあんな明るい雰囲気の彼が、人殺しを平気で行い、復讐をしようとしている化け物だとは思えなかった。でも、自分の身体の中に流れる血が、彼は自分と同族であると教えている気がしてならないのだ。
「私が止まらないで、っていったのも、その鉄って子が、あの助手席に乗っていたからなんです。…彼の瞳が、思いの外蒼くひかっていたから」
蒼い、瞳。その言葉に、理音がこぶしをぎゅっと固く作り握りしめている。復讐の相手を思い出しているのだろう。無視の息だった父親を一瞬にして殺した、女たちの情けと、殺されたことに対する恨み。
私はいたたまれなくなって沈黙した。大概説明は終わったので、理音も石川さんもしっかり理解してくれたようだった。車は再び会社に向かっていた。
日常の平穏は、既に失われていたことを知らずに。
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翌朝、気持ちよく目覚めた私を海里が見つめていた。
「はっ」
よだれ垂らしてたかも、と確認のために手を口にやると、面白い子だね、と更に面白そうに笑う海里にどきりとする。機械だ、自分は普通の人間ではない、そう言われても、人間らしいこの言動やほほ笑みを見ると、その言葉すらも疑いたくなってしまう。
「理音おはよう」
ベッドに目を向ければ、眠たそうに眼を擦る理音の姿があった、下っ足らずな彼女のおはよう、が聞こえた時、ふわり記憶が瞼の奥に蘇った。
『----おはよう、おねーちゃん』
蒼い、綺麗な瞳を向けた、幼い少年と、その前でほほ笑む母親…
「…どうしたの?」
意識を現実世界に向ければ、急に黙り込んだ私を不審に思ったのか、理音がこちらを不思議そうに見つめている。何もないから、大丈夫だよ、と言ってはみたが、先ほどの記憶に動揺している自分がいる。
幼い少年は、なんとなく、わかった。その蒼い瞳と、あの陽気な、人懐っこい顔…
(鉄…さん)
先日別の編集事務所で知り合うことになった、石川さんの知り合い、だったはずだ。顔は幼いころなのでまるっきりそれ、とは言えなかったけれど、十分似ていた。どくん、どくん、と心臓が大きく鼓動し続ける。
私はそれでも平静を装い、会社に出かけることになる…
車内で、いつも通りパソコンを広げた海里に、静かに音楽を聴き始める理音。手持無沙汰な私は、そのままいつも通り窓の外に思いをはせる。覚醒させられたのは、石川さんの焦りのこもった警鐘からだった。
「この車尾けられてる」
「え?」
「やっぱり、さっきからあの車おかしかったもんね」
海里の呑気な、焦りを感じられない言葉に私はおそるおそるミラー越しに後ろをうかがう。車に乗っているのは…相川さん?
「石川さん、あれ」
「相川ね、どうしてつけてくるのかしら」
私は助手席に座る、鉄、という青年を見て、思わず石川さんにこう言った。
「決して車を止めないでください」
緊迫した私の声色に事情を察してくれたのか、石川さんは目的地である会社を通りすぎ、そのまま高速に乗ってくれた。車をどこかでまけないかと、サービスエリアまであちこち車線変更を行い、なんとか撒くことに成功した。
「それで」
サービスエリアで停められた車の車内で、理音はとうとう、聞いてもいいわよね、と私に詰め寄っていた。もうごまかしも、嘘も笑いも、効果がないであろう…
それに、自分の中で確信ができた事実が見つかったことで、私は今までのことを理音、石川さん、そして海里の3人に事細かく話していた。
---過去の欠片が少しずつ見え、記憶が戻り始めているということ。
---理音以上の、自分が化け物かもしれないという恐怖。
---復讐を仕掛けてくるであろう、失敗作と言われた、双子の弟。
---そんな双子の弟の正体…
「まさか…鉄が…」
石川さんは、信じられない、という表情でそう漏らした。私自身もあんな明るい雰囲気の彼が、人殺しを平気で行い、復讐をしようとしている化け物だとは思えなかった。でも、自分の身体の中に流れる血が、彼は自分と同族であると教えている気がしてならないのだ。
「私が止まらないで、っていったのも、その鉄って子が、あの助手席に乗っていたからなんです。…彼の瞳が、思いの外蒼くひかっていたから」
蒼い、瞳。その言葉に、理音がこぶしをぎゅっと固く作り握りしめている。復讐の相手を思い出しているのだろう。無視の息だった父親を一瞬にして殺した、女たちの情けと、殺されたことに対する恨み。
私はいたたまれなくなって沈黙した。大概説明は終わったので、理音も石川さんもしっかり理解してくれたようだった。車は再び会社に向かっていた。
日常の平穏は、既に失われていたことを知らずに。
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更新日:2013-03-29 19:09:39