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Guardian Angel

 「 ‥‥‥‥ 」
 シュレは、一瞬なにが起きたか解らなかった
 I want you. と、少年は囁いた
ふっ‥‥と 気付くと少年に顔を寄せ、口唇でその口唇に触れてしまって、いた

 今 俺は、なにをした?
信じられない想いで、少年の澄んだ瞳を見詰める
自分の感情‥‥欲望をコントロールできなかった?
 無垢な美しさを湛えた魔性の、深緑の瞳が シュレを見詰め返している
何を考えているのか 捉えどころのない、儚い視線で

 「 ‥‥そんなセリフは 本当に大切な人にだけ、言うものだ 」
 シュレはやっと言った

 今度は左に欧州側を見て のんびりと海峡をさかのぼる
白亜の屋敷が前方に見えてきた
 「 ‥‥あれが Les Ottomansだ 」
 「 ‥‥‥‥ 」
指差しても、彼から戻る反応が無い
顧みると 少年は密かに 密かに、透明な涙で白い頬を濡らしていた
 「 どうした? 」
シュレは全く気にしない様子で尋ねる
 「 大好きなダディに、もうすぐ逢えるぞ? 」
微かに首を振る気配を感じる

 ホテルの桟橋にボートを近づける
係員が寄って来るので、もやいロープを渡しながら子供を送って来た旨を伝える
係員が桟橋に止めてくれた
 少年はずっと俯いたままだ
 「 終点だ、ぞ 」
シュレは子供の方を見ないようにして、言った
 「 ‥‥‥‥ 」
小さな声で、なにか言っている
しかたなく身をかがめて、声を聞き取ろうとした
 離れたくない と、言ったようだった
 「 ‥‥だめだ 下りるんだよ 」
小さな体を抱っこしても、眼を合わせようとしない
 シュレは遠い眼をして 美しい少年を見詰めた
ボートから陸に乗り移り、そっと桟橋に掛けさせた
 「 いいか? 」
並んで座り、輝く波間を見ながらそっと伝える
 「 おまえさん‥‥ ボタンの取れたブラウスと汚れたカーディガンを、親父さんにどう説明する? 靴も片方失くしてるし 」
 「 ‥‥ 」
 「 もしかしたら警察が、おまえさんの素性を見つけて来るってこともあるだろ 」
少年は困って 酷く考え込んでいる
 「 ‥‥あの 」

 「 おそわれかけ? たって 」
 シュレは軽く肯づいた
 「 誰に? 」
 「 え っと たぶん ‥‥ペド フィ‥‥ 」
シュレは、彼の口唇を指先で軽く押さえる
 「 そんな言葉は知らなくていい 」
ペドフィリア小児性愛者 なんて言葉は
 「 どこで覚えた? 」
まったく、とため息をつく
 「 マジで ミステリードラマの観すぎだな、坊っちゃん 」
迷子のように不安げな表情を覗き込んで、シュレはゆっくりと言った
 「 難しい言葉を使って、自分の感情をごまかすな 」

 「 その説明じゃ、ダディは納得できないと思うぞ?
おまえさんがなんで、ゲームサイトで出会った顔も知らない人間に会いたいと思ったのか、どうやってナニ―の眼をごまかしてあの公園に行ったのか それから、連中に会ってどう思ったのか、何をされたのか‥‥ 」
 シュレの言葉に、少年の表情はますます蔭る 小さく首を横に振った 
 「 驚いたし、怖かったんだろ? 」
 強く訊く
こくり、と 子供らしい肯定が返される
 「 だったら
怖かったと言っていいんだよ 辛いって 泣いたって、いいんだ 」

 「 自分の判断ミスで怖い眼にあったと、親父さんにちゃんと全部話せ おまえを愛してくれる人だ 必ず解ってくれる 」
左腕にふわりとした重みを感じる 見ると少年が寄り掛かっている
 「 それから、おまえの身を護る方法を、考えてくれるはずだ 」

 「 でも、な 」

 「 おまえ 男の子だろ 自分の身は、自分で護れ 」
 シュレの言葉に 少年の手が、強く 自分のフィールドスーツの袖を握っているのを感じる
 「 救われるのを待つだけじゃ、だめだ 自由は自分の手で勝ち取るものだ 」
 「 ‥‥‥‥ 」
黙ったまま 首を否定に振っている
 「 腕力は必要ない まあ、多少はあった方がいいが、それがすべてじゃ無い 」
そっと 少年の髪を撫でる 心から 愛おしいと思った
だから‥‥

 「 もっと賢くなれ 知恵を蓄えろ 知識で自分の身を護れるようになれ 」

 シュレは必死だった この子を護りたい
護って‥‥幸せにしてやりたい
けれど、シュレ自身がこの子にずっと付き添うなんて、現実的じゃない
 「 俺が何を言っているか 聡明なおまえならわかるだろ? 」
 少年は首を大きく 否定に 何度も振る
明らかに“解って”いる、のに 肯こうとしない
 「 ミスター‥‥ 」

―― お願い です ぼくを‥‥たすけ て

 「 どうか ぼくのそばにいて ‥‥あなた を‥‥ 」
 掠れた 甘い声
続く言葉を、口唇の動きだけで伝えて来る

更新日:2013-01-31 19:49:28

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