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A Boy Cinderella

 「 ‥‥特務捜査官? 」
 40代半ばの女性刑事は彼に、王冠を頂いた鷹のエンブレムバッジを見せつけられ、怪訝そうにそう言った
 「 スペシャルエージェント シュレ・カナルソン 」
 「 そうだ 」
彼は気の無い様子で、だるそうに言う
 「 なんで? 」
 「 たまたま通りかかって 」
そう言って、背後の桟橋側出口を親指で指す
 「 なるほど 」
 女性刑事は、“シュレ・カナルソン”と名乗った特務捜査官を、頭の先から爪先まで見返る
 年は20代前半 背が高く、スレンダーだが逞しい体躯
長めの金茶色の髪を無造作に束ね、冷たい金色の瞳で蔑むように人を見ている
黒っぽいフィールドスーツの上半身を脱いで腰で結び、襟の大きく開いた派手なプリントの黒いTシャツ 半そでから覗く日焼けした両腕に施されたタトゥーを、隠しもせず
その胸元にはプラチナのdogtagが煌めいていた
酷薄そうな容貌だが、子供を狙った犯人を憎んでいるかのような、正義感がありありと見える
 彼が多少子供っぽく見えるのは、軍隊のような統制のとれた集団での暮らしが長いから‥‥つまり“世間ずれ”していないからだろうと女性刑事は思った
刑事は、彼が背に斜め掛けした、黒革のキャリングケースに目を止める
これは、ライフルだ
 「 ‥‥狙撃手? さすがはエリートさん、ねぇ 」
ちょっと柄が悪いけど 女性刑事は微かに片頬で微笑んだ
 「 ご出勤前に、もう1仕事済ませちゃったってわけ? 救急車が必要なくらい、犯人達をフルボッコにしてくれて
あたしらだったら、ただじゃ済まないのよ? 」
警察官がしたことだったら、精神鑑定を受けさせられ、訴追されているところだ
容疑者を小突いただけで、免職になったケースさえある
しかし、トラブルシュート機構の“特務捜査官”なら、話は別だ
なにしろ“警告無しで”犯人を撃っても構わない、のだ
 女性はわざとらしくため息をつく
 「 ‥‥で? 被害者の男の子はどこに行ったの? 」
 「 俺がこいつらを捕まえてる間に、あんたらが来た方に逃げた 」
 「 は? 」
女性刑事は目をむく
 「 被害者なしで、性犯罪を証明しろっての? 親告罪よ? 」
 「 現行犯だ っていうか、被害者は子供だぜ?
誘拐か拉致に決まってンだろ? 」
ふと黙った刑事に、さらにたたみかける
 「 この匂いで解んねぇのか? 有機溶剤organic solventだろ? ラリって子供犯ってんだよ、こいつら 絶対これが初めてじゃないだろ 」
そう言い捨てて、トンネルの出口を指差す
 「 あの子探し出して、さっさと親元に返してやれ 」
 「 ‥‥探すわよ だから? どんな子? 」
ムッとした口調で言い返して来た刑事を、上から見下ろして
 「 よく見て無い が、8歳くらいで欧州人だ 髪は金髪、色白 体形は華奢 」
平然とシュレは言った
 「 主任、子供の靴が 」
背広組の警官が、草むらからエナメルの小さな靴を拾い上げて見せる
 「 片方だけ? 」
 「 はい 」
女性は本気のため息をついた
 「 まるでシンデレラ、ね 」

 「 Okay 鑑識に回して、販売元を割り出して 」
 彼女の背後で、数名の警察官が走っていく
 「 じゃあね、ヒットマン せいぜい手柄を上げて? 」
そう言い置いて
 「 そう遠くへ行ってないはずよ 隠れてるかもしれないから、慎重に探して 」
彼女は警官たちを追いたてて行った
その姿を視線で、見送りながら
 うぜーよ、オバサン
シュレは口中で微かに言った

 “暗殺者Hitman”などという、無神経な呼ばれ方には慣れている ‥‥はず、だ
傷つくのは、時間の無駄だ と、シュレは思った
 煙草を取り出し くわえて、使い切りライターで火を付ける ゆっくりと吸った
ざわめきが遠のくのを待つ
それから、桟橋側の出口に向かって歩き始めた

 「 Hey,boy? 」
 声を掛けるが、出て来る気配が無い
覗くと少年はエニシダの茂みの中で、ウサギとシュレのバッグをしっかりと抱きしめ、小さく、小さく膝を抱えてしゃがんでいた
 「 来な 」
呼ぶと顔を上げ、真直ぐに腕の中へ飛び込んでくる
 「 ‥‥悪い 靴、持ってかれちまった 」
抱っこすると、少年は細い腕でシュレの首にぎゅっとつかまる
かすかに甘い香りがした
 シュレの知っている“子供”は、騒がしく無秩序で、土や草や汗の匂いがする生き物だ
こんなに大人しくて、花のような香りのする、ひんやりとした体温の持ち主ではない
片足靴の無い状態で、石がごろごろある坂道を歩かせる気は無かった
少年の右脚の靴を脱がせると、自分のヒップポケットに入れる 抱いたまま海峡への小道を下りて行った
 「 あなたは ‥‥ソルジャーSoldier ? 」
 「 なんで? 」
 「 しょ う えん ? 」

更新日:2013-01-24 20:07:27

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