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Promise

 シュレがそんなことを思い出したのは
今、リオカードの口から「ペドフィリア小児性愛者」などと言う単語が飛び出したからだ
 ひどく違和感を覚え、この感じは前にもあったと思い出す
美しい容姿には、不似合いな言葉
なのに、一番 リオカードはその言葉に近いところに、存在しているような気がする

 リオカードはPCで情報分析をしているナンネルの横で、アクリルボードに写真や地図をを貼り、メモを書き込んだりしながら、犯人像を確定する作業をしていた
 「 ‥‥性犯罪は除外して ペドフィリアも外していいと思う 」
そう言ってから、離れたところからアクリルボードを見直す
 「 期間も絞ろうか 」
 「 そうですね 」
ナンネルは承知して
 「 ‥‥20XX年8月から今日まで、でいいですか? 」
 「 そうだね‥‥ 」
俯きがちの綺麗な横顔
考え事をしながら、肩のあたりの髪をもてあそぶ癖‥‥
 「 もっと短くても 今日までの‥‥2年間に 機構が関わった人質事件で 」
ナンネルがキーボードをたたく音
 「 それらの事件総てに関係している、人物、場所‥‥
物‥‥車とか 何でも あれば 」
 「 了解です 」

 その様子を見ていて、一気に昔の記憶がよみがえる
あの時の少年の、ひんやりとした華奢な身体や、花のような薫り
そして 柔らかな口唇の感触‥‥

 シュレはリオカードの傍らにそっと近づいた
細い腰に手を回すと、リオカードは顔を上げてふと微笑む
可憐に花が咲くような印象は、聖く慎ましい
 「 おまえ ウサギのぬいぐるみは、どうした? 」
身をかがめ、白金の髪に口唇を寄せて、耳元で訊く
 「 え? 」
 「 白いふわふわのヤツ 」
リオカードは戸惑った表情を、美しい顔に浮かべる
 「 んん? ミスターのこと? 」
シュレの金茶色の眼を凝視して、何を求められているのか考えているようだった
 「 ‥‥家のクローゼットに居るけど‥‥なにか ? 」
今回の一件に関係することなのか、と
 「 あのウサギ “ミスター”って言うのか 」
だが、シュレは呆れた口調で言った

 シュレは確信する
間違いない
どうりで、どこかで逢ったような気がした訳だ
 あの日の あの子 が、今 眼の前に 実存している
それは感動的なくらいだった
シュレは利き腕の指の背で、リオカードの透き通る頬をなでる
愛おしい‥‥守護天使
 リオカードは見開いた瞳で、真直ぐにシュレを見ている

 「 ‥‥シュレ 」
 呼ばれてシュレは、不思議そうなリオカードに微かに笑みかけて、ゆっくりと離れる
リオカードは、向こうでガイルと打ち合わせを始めたシュレを見詰めながら、自分の頬をなぞった、優しい指の感触を確かめる
 “あの”ウサギ って?
シニーに、ウサギのぬいぐるみを見せたことがあったかしら?
子供のころ父さまから頂いた、大切なウサギの‥‥

―― ぼく、どこかであなたに逢ってない‥‥?

 いつかの、シュレに伝えた言葉が脳裏をよぎる
 「 ‥‥ミ ス‥‥タ 」
ずっと 逢いたいと願っていたひと
 まさか あなた が‥‥?

 唐突に 胸の鼓動が激しくなる
呼吸が乱れる
 「 ‥‥? どうかしましたか? 」
ナンネルに問われて、リオカードは胸元を抑えたまま首を振った
 ちょっと‥‥と断って、ミーティングをしていたスタッフルームを出る
無人の前室は、大きな窓から陽が入り、たいそう明るかった
 吐息が震え上手く息が継げない
窓に向いたカウンターに手をついて、背の高い椅子に掛ける
 眼下に、悠揚たるBoģazici海峡
波濤の向こうに、蜃気楼のようなクズ灯台がかすんで見える気がする
リオカードは両の掌に顔を伏せた

―― 賢くなれ、自分の身を護るために

―― 勇気を出せ おまえなら大丈夫だ

 そのひとは、そう言ってぼくの背を優しく押してくれた
もう、記憶も定かではない 顔さえ憶えてはいないけれど
 深い思い遣りと、柔らかな響きの話し方を憶えている
優しくて、強くて‥‥温かい
ずっと ずっと そばにいたかった‥‥

 そっ‥‥と 大きな暖かい掌が、背中に置かれた
あ‥‥
眼を閉じていても解る これは“シニー”だ
 「 ‥‥どうした? 具合が悪いのか? 」
気遣わしげな優しい声 魅力的に響く
 シュレは返事をしないリオカードの背を、続けて静かに撫でる
あれ以来、PTSDの症状が時折出るようになった
何かをきっかけに、フラッシュバックが起こる
実は現場に居させたくない
重大な現場でもし発作を起こしたら、リオカード本人だけでなく周囲を危険に晒す可能性が高い
なるべく早く、手を打たねばと思っている

更新日:2013-01-31 21:42:41

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