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花言葉

 次の日もけっこう暑い日だった。何もしていなくても、ただ外にいるだけで玉のような汗を掻いた。
 午前中に用事を終わらせた僕は、家で妹と気まずい昼食を取ったあとに、いくらかゲームをしてから、自転車で水夏の家に向かった。
 水夏の家には何度か僕も行ったことがあった。中学校の時は別々の学校だったけれど、僕の家と水夏の家はけっこう近い距離にあって、自転車だったら30分もかからない距離にあった。
「あら、いらっしゃい」
 自転車を水夏の家の壁際に止めて鍵をかけ、玄関のインターホンを押そうとしたところで、そう2階から声をかけられた。水夏の予知能力は毎度のことだから、今さら驚きもしない。
「よ」
 僕もそれに合わせてそう言い、片手を上げてみせる。
「ご飯は?」
「食べて来た」
「うん、知ってる」
「じゃあ、聞くなよ」
 僕がそう言うと、水夏がそこでクスクスと笑った。
「ちょっと待ってて。いま下りて行くから」
「あいよ」
 それから1分もしないうちに、玄関のドアが開いた。水夏の服装を見てみると、学校に行くわけではないのだから今日くらい私服にすればいいのに、律儀にも制服を着ていた。
 昨日あれだけの傷を負ったのに、今日の水夏を見た感じでは、外傷など一つも見当たらなかった。頭に包帯でも巻いているのかと思ったのに不思議だ。
「じゃあ、行くわよ」
「うん。ちなみに、榊さんは?」
「やっぱり気になる?」
「まあそりゃ、俺達は3人でチームみたいなものだから」
「それだけ?」
「他意はないよ」
「本当はホの字のくせに」
「やめてくれませんか」
「裸の写真あげましょうか?」
「幽霊相手に欲情なんてするわけないだろ」
 とか言いつつも、聞いた瞬間「え、あるの?」と思ってしまった自分がいる。前にも触れたけれど、榊さんはけっこう美人だった。
「今日はね」
 玄関から出て鍵を閉めた水夏は、そこで一度言葉を止めてからこう続けた。
「榊さんは、夕飯時に家に来るわ。今日はみんなで食事会をするつもりなの。ね、滴ちゃん?」
 そう言って左の方に顔を向けると、水夏は軽く首を傾げてみせた。僕には見えないけれど、恐らくそこで一度、コクンと滴ちゃんは頷いたはずだった。
「もちろん、その頭数にはあなたも入っているから、来ないなんて許さないわよ。もしアイ・キャント(ムリっす)系の発言をしたら、その首に出来た真っ赤な手のあざ、エロ本を買おうとしたら店員にいきなり首を絞められて出来た物だって、学校中に言い振らしてやるから」
「ちゃんと行くから大丈夫だよ」
「良かった、藤原君がスケベで」
「うるさいな」
 僕を一通りからかってケラケラ笑ったあと、水夏は「さ、行くわよ」と言って先に歩き出した。
「分かってる」
 それに応じて僕も歩き出したところで、水夏の家の中に猫がいるというのに気付いたから、僕は最後にこう聞いた。
「あれ、神原って猫飼ってたっけ?」
「ううん、あれは違うの。あとで必要になるから、どこかから拉致って来たの」
 この女、目的達成のためには手段を選ばないところがある。

 滴ちゃんの両親の家は隣町にあった。
 そこまで実はけっこう距離があったから、僕達は最寄り駅経由で電車で行くことになったのだけれど、水夏はよほど念入りに調べたらしく、一度も道に迷うということがなかった。
 水夏の調べたことはそれだけではなかったらしい。他にも、滴ちゃんの両親の素行調べなど「お前は探偵か」と思わず突っ込んでやりたくなるようなことまで調べていて、しかもそれを短期間で調べたみたいだった。
 電車に乗っている間、少し興味を持ったから滴ちゃんのノートを見せてもらうことにした。
 1ページ目を開いてみると、ルピナスという鉛筆書きの文字の下にセロハンテープで花びらが止められているのが目に入った。
 枯れてはいるものの、テープで固定されていたから丸っこい花びらの形状は残っていて、その下の方に滴ちゃんが書いた「きれいなピンクの花」という言葉から察するに、枯れる前はそういう色をしていたみたいだった。
 2ページ目、3ページ目と閲覧を続ける。アカンサス、ツワブキなど、聞いたことがあるようで実は頭の中ではイメージが全く出来ないという花が多かったけれど、最後のページに貼り付けられた植物の花びらは、有名だったから僕も知っていた。
 勿忘草という花だ。読みは「わすれなぐさ」で、春に咲く薄青色をしたこの花の花言葉も印象深かったからおぼろげながら覚えていた。確かこういう意味だったはずだ。
「真実の愛」
 他にも意味は2つほどあったはずだけれど、記憶力が悪いということもあって、これ以外はちょっと知らない。何か引っかかることがあったから、ノートのページを一巡したあとに、もう一度始めの方から花を見ていくことにした。

更新日:2013-01-04 19:19:40

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