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お題小説29『初恋 田舎 洗濯バサミ』

「あれ、お前……」
 大学の廊下で不意に通りすがりの男に声を掛けられる。
「え?」
 視線を向けた裕和は、その人物を見るなり思わず驚いて目を見開いた。見上げるほどの高い上背に逞しい体躯。精悍な顔には意志の強さと自信のような煌めきがある。きっとこの年になるまで何の後ろめたいこともせずに堂々とお天道様の下を歩いて来たのであろうと思わせる、そんな眩しさが男にはあった。途端に頭の中で『リンゴーン』と教会の鐘の音が聞こえたような気がする。日に焼けた精悍な顔も魅力的で思わずボォッと見惚れていると、その男が、違ってたらごめん、と前置きしてから、もう一度確認するようにジッと裕和を見詰めた。
「もしかして、渡か?」
「えっ?」
 突然名前を言い当てられた裕和は、再び驚いて目を見開く。
「あ、やっぱり!」
 途端に男は嬉しそうに破顔すると、突然ガバッと裕和の体を抱き締めた。
「会いたかったぞ、ヒロ! こんなにデッかくなりやがって!」
「うっ……ええッ?」
 裕和が男に抱きすくめられたままドギマギしながら狼狽えていると、その男がようやく体を離して再びニカッと笑う。
「俺だよ、俺! 海藤! カイドウユタカだ!」
「豊ちゃんッ?」
 途端に裕和は驚き過ぎて声を裏返す。過去の記憶において『カイドウユタカ』という男は一人しかいない。
「おう!」
 海藤は人好きのする顔でニカッと笑うと、再び丸太のような腕でガバッと裕和の体を抱き締めた。

 
 裕和は八歳の頃、両親の都合で夏休みの間だけ母方の祖母のいる田舎に預けられていたことがあった。ちょうど隣家に同い年の子がいて毎日のように遊んでくれていたのだが、体が大きくて喧嘩が強くて、でも年下の子には凄く優しくて面倒見の良い、ガキ大将と言うよりはみんなの兄貴的存在の男の子だった。
「ヒロはお姫様役な!」
 当時流行っていたヒーローもののゴッコ遊び。近所には女の子がいなかったので、色白で小柄でおとなしかった裕和はいつもヒーローに助けられるお姫様の役だった。
「わっはっは! このお姫様は貰って行くぞ!」
 もちろん年下の子たちはみんなヒーロー役をやりたがったので、その男の子がいつも悪役だった。しかし、裕和にはどのヒーローよりもその悪役の方がカッコ良く思えた。
 『自分は同性が好きなのではないか』
 そう思い始めたのは小学校高学年の頃で、気が付くと可愛い女子ではなくて体の大きな男子を目で追い掛けている自分に気付いた。だが、だからと言って恋愛感情を抱くのかと言うとそうでもなく、好ましくは思うがそれだけなので、単に『好み』なのだろうと思っていた。だが、裕和は今、目の前にいる男を見て確信した。自分は無意識に初恋の相手を探していたのだ。そう、あれは確かに初恋だった。そのガキ大将の名前が『ユタカちゃん』。今目の前にいる男である。そして、裕和は十年振りに会ったその男に人生二度目の恋に落ちた。


「それにしても、同じ大学にいるのによく今まで会わなかったよなあ!」
 昼食はまだだと言うと、少し先にある学生食堂に誘われる。そちらへと肩を並べて歩きながら、海藤の言葉に裕和も頷いた。
「この大学、学部が違うとほとんど会わないからね」
 とは言っても、大学に入学してからもう四年目である。互いのアパートが大学を挟んだ反対側だったのも一因した。この大学はかなり敷地が広いので、反対側に住まいを構えるとコンビニや飲食店などの生活圏も重ならないのだ。
「もしかして体育学部?」
 白いTシャツの上からでもわかる鍛えられた胸筋や盛り上がった肩を惚れ惚れと眺めながら問うと、海藤が、そうそう、と答えて頷く。お前は、と問われて、裕和は視線をその顔に戻した。ジッと見詰められて、思わずドキドキする。
「俺は人文」
 今日はたまたまこちらの事務室に用があったので来たが、普段はほとんど来ることも無い。本当に運が良かったと思いながら答えると、海藤も嬉しそうに笑った。
「人文か。じゃあ本当に運が良かったんだな、今日は」
 たぶん他学部の講義棟になど一度も足を踏み入れたことの無い海藤がしみじみと言う。
「そうだね」
 裕和は海藤の言葉に頷き返すと、広い背中に続いて学生食堂の建物に入った。こちらの学食は初めてなので何が旨いのかと聞くと、『麺類?』という疑問系の答えが返って来る。ここの学食は質より量だからな、という言葉に裕和は納得して笑った。確かに体育会系は質より量であろう。
「豊ちゃんは? 何にする?」
 入ってすぐのところに本日の日替わり定食の見本が置いてあるのを見て問うと、海藤が、その『豊ちゃん』はやめてくれ、と言って苦笑する。
「え、じゃあ『海藤』?」
 何となくピンとこなくて問うと、海藤もやはりピンと来なかったのか、何か考える風に首を捻った。

更新日:2013-03-09 22:13:39

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悪役がヒーロー (オリジナルBL)/お題小説 4