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「えっ?!」
「あ。でも、経済学部でしたけど。」
「うわぁ、そうでしたか。うちの卒業生とは…。え?いつ、卒業ですか?」
「あ。この前の3月です。」
「そうでしたか。新入社員さんだったんですね?」
「はい。でも…。うわぁ、先生だったなんて…。」


 ボクが通う大学の、先生だったんだ…。


「あー。先生…。まぁ、一応、そう、なんでしょうかね。研究ばかりしていて、教壇には、そうそう上がらないんですけどね。」
「そうなんですか。こちらの方に、研究所があるなんて、知りませんでした。」
「あぁ、そうでしょうね。うちは東都の中でも、忘れ去られた存在なんですよ。」
「ふふっ。でも、そうですか…。あの。何だか、とっても親近感がわきました。…あ、失礼ですね。」
「あぁ、いえいえ。私もですよ。えーっと…沖田くん。」

 
 僕の名札を見て、そう呼んでくれた。…うわぁ。


「はい。」
「これからも、よろしく。」


 そう言いながら、市井先生は、ニッコリして、駅舎を出ようとカバンを持った。


「あ!ありがとうございました。」


 市井先生を見送っていると、駅長がひょっこり顔を出した。


「シロ!電車、来るよ?」
「あ…はい!」


 すごく…。すごく浮き足立っているような気分だ。今日は、あの人…市井先生のことを、たくさん知ってしまった。うわぁ…。東都の先生だったなんて。うわぁ。本当にすごい偶然だ。ボクの名前、覚えてくれただろうか?しかも…。何より。初めて、笑っている顔を見てしまった。あぁ、本当に…。カッコイイ人だ。


 ボクは、二日続けて駅舎に泊まって、ようやく三日目の朝、家に戻った。
 家に戻ってすぐ、東都大学のホームページで、市井先生について、調べてみた。


 市井東(いちいあずま)…東都大理工学部気象学研究所勤務講師


 と、書いてあった。写真も載っていたけど…。やっぱりカッコいい。ボクは…。その写真をプリントアウトまでしてしまった。
 

 
 市井先生は、あれから毎日声を掛けてくれるようになった。


「沖田くん。」
「あ。おはようございます、市井先生。」
「あ…。うん。市井先生かぁ。…キミにそう言われると、何だかちょっと、恐縮するよ。」
「え?どうしてですか?」
「いやいや。…なんか、そういうのないかい?街中で、『駅員さん』って呼ばれると、恥ずかしい、みたいなね。」
「あぁ、なんとなくわかります。」
「私もね、そんな感じなんだと思います。」
「あはは。でも、学部は違っても、やっぱりボクの先生ですよ。通っていた大学の先生なんですから。」
「あぁ、まあね。キミからしたら、そういう感覚なんでしょうけどね。」


 市井先生は、そう言いながら、喫煙所に向かって行った。市井先生は、いつもタバコの香りがしている。

 市井先生をふと見ると、また上を見ていた。
 あぁ、そうか。先生は「空」を観察してるんだ。気象学って、何を研究しているんだろう?…すごいなぁ。



 市井先生と、毎日のように会話を交わすようになって、しばらくたった。もう、12月も中旬だ。
 その日、珍しい光景を目の当たりにして、ボクは目を見張ってしまった。
 市井先生が、酔い潰れた感じで、終電に乗っていたからだ。先生は、寝てしまっていて、ホームに着いたというのに、電車から降りようとしていなかった。もう発車してしまう!ボクは、運転手さんに声をかけた。


「あ!ちょっと待ってください!このお客様、ここで降りるはずです。」


 先生のカバンを持ちながら、先生に声を掛けた。


「先生!先生!着きましたよ?家に帰るんですよね?」
「うぅ…。」


 唸りながらも、こくりと頷いた。


「降りてください!先生!ほら。」


 先生の腕を、自分の肩に回させて、電車から引きずるように降ろした。


「すいませんでした。」
「はいよ。」


 運転手さんは、イヤな顔もせずに、電車を発車させた。


更新日:2012-12-26 20:02:14

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