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東白②
冬も本番になってきた、11月終わり。
珍しく日曜日に、休みが取れた。日曜日がお休みだなんて、新人のうちは、そうそうないらしい。まぁ、彼女もいないボクには、これといって土日休みなんて、必要じゃないし…。何にも困ることは、なかったんだけど。
お昼ご飯の食材を調達しに、ゆみさんが働くスーパーに行った。パンを買おうと物色していると、見覚えのある後ろ姿が、前方に見えた。
「あ…。」
『あの人』だった。
こちらを振り向いた『あの人』は、一瞬「ん?」という顔をして
「あー!」
と言って、指を差してきた。
「あ…。こんにちは。」
「あぁ、制服じゃないので、すぐにはわかりませんでした。」
「お買い物ですか?」
「あぁ。たまには、料理をしてみようかと思いまして…。」
「そうなんですか。」
「今日は、お休みですか?」
「あ…はい。日曜日にお休みなんて、めったにないことなんですけど。」
「へぇ、それは、大変ですね?」
「いえ。…休みが取りづらいのは、わかっていて就いた仕事ですので…。」
「そうですか。…ほう。キミも自炊ですか?」
「あ、はい。日曜日にわびしく自炊です。」
また、二匹入りの魚のパックしかなかった。
「わびしく?」
「はい。一人で、二匹魚を食べる時が、一番わびしく感じます。」
「ぷっ…。あぁ、わかりますよ。」
「え…。お一人、ですか?」
「え?あぁ。お一人です。」
「…そう、なんですか。」
あんな大きな家に、この人は、やっぱり一人で住んでいるんだ。
「あ…、じゃあ、また。」
「あ。はい。また。」
買い物を済ませて、家に戻った。
何だか…。テンションが上がっていた。
…あ。名前…。聞けば良かった。
だって、また、あんな風に会うことがあったら…。名前を知っていたほうが、話しかけやすいし。
翌日は、また9:00〜9:00の勤務が入っていた。
朝は会えなかったけれど、20:00過ぎの電車で帰ってきた『あの人』を見て、やっぱり何だか、嬉しくなった。
「あれ?」
だけど、何だか、違和感がある。なんだろう?…あ!
「あの!」
「ん?あぁ、こんばんは。」
「こんばんは。あの…。いつものお荷物は?」
「え?…あっ!!」
違和感の正体は、いつもこの人が持っている、あの分厚いカバンがないことだ。
「あぁ。電車の中だ…。」
「あ…。ちょっと待っててください。今、すぐに確認取ってみますから。」
ボクは、走って駅舎に向かうと、次の駅に連絡を入れた。あの人が乗っていた、一番後ろの車両に置いてある、分厚い黒いカバンを、受け取っておいて欲しいと話すと、話を聞いてくれた先輩が、快く了承してくれた。
しばらくして、カバンは無事、次の駅で保管してくれているという連絡がやってきた。
「あぁ、本当にすまない。」
「いいえ。良かったです。あの、どうなさいますか?今から取りに行かれますか?」
「あぁ、すぐ次の電車で取りに行ってきます。」
「はい。」
「あぁ、よく気付いてくれたね。」
「あ…。はい。あの。お客様はいつも、とても大きなカバンを持っていらっしゃるのが、印象的だったものですから…。」
「そうか。いや、本当にありがとう。」
「いいえ。」
その人が、次の電車に乗るのを見送ると、その人は、ボクに軽く手を振ってくれた。ボクは、何だかすごく照れてしまっていた。
一時間くらいして、その人はまた電車でこの駅に戻ってきた。
「あ…。良かったです。」
「あぁ、うん。本当にありがとう。助かりました。」
「いえ。」
「あ…。そうだ。定期を買いたいんですが…。」
「あ、はい。すぐにやります。」
駅舎を覗いてみると、駅長は席を外しているようだった。うちの駅は、自動券売機で定期の発行が出来ないので、アナログ的に作成している。でも、ボクは今まで、この人の定期を作成したことはなかった。
申込用紙に、サラサラと必要事項を記入して、その人は用紙を渡してくれた。
市井 東…イチイ アズマ 30歳
うちの駅から、7つ先の駅までの定期だった。ボクは、ササッと、6ヶ月定期を作成した。
「イチイさん。」
「あ…。はい。」
「お待たせいたしました。」
「ありがとう。」
「いえ。こちらこそ、いつもご利用いただきまして、ありがとうございます。」
「うん。いや、こちらこそ。本当にありがとう。」
「あの…。」
「ん?」
「東都大学の、気象学研究室勤務…なんですか?」
職業欄には、そう書かれていた。東都大学…。その字が目に入ってきた時、ボクは胸がドキリと鳴ったんだ。
「え?あぁ、そうです。」
「あの…。ボク、東都大学出身です。」
そう。胸が高鳴ったのは、ボクはついこの前まで、その東都大学生だったから。
珍しく日曜日に、休みが取れた。日曜日がお休みだなんて、新人のうちは、そうそうないらしい。まぁ、彼女もいないボクには、これといって土日休みなんて、必要じゃないし…。何にも困ることは、なかったんだけど。
お昼ご飯の食材を調達しに、ゆみさんが働くスーパーに行った。パンを買おうと物色していると、見覚えのある後ろ姿が、前方に見えた。
「あ…。」
『あの人』だった。
こちらを振り向いた『あの人』は、一瞬「ん?」という顔をして
「あー!」
と言って、指を差してきた。
「あ…。こんにちは。」
「あぁ、制服じゃないので、すぐにはわかりませんでした。」
「お買い物ですか?」
「あぁ。たまには、料理をしてみようかと思いまして…。」
「そうなんですか。」
「今日は、お休みですか?」
「あ…はい。日曜日にお休みなんて、めったにないことなんですけど。」
「へぇ、それは、大変ですね?」
「いえ。…休みが取りづらいのは、わかっていて就いた仕事ですので…。」
「そうですか。…ほう。キミも自炊ですか?」
「あ、はい。日曜日にわびしく自炊です。」
また、二匹入りの魚のパックしかなかった。
「わびしく?」
「はい。一人で、二匹魚を食べる時が、一番わびしく感じます。」
「ぷっ…。あぁ、わかりますよ。」
「え…。お一人、ですか?」
「え?あぁ。お一人です。」
「…そう、なんですか。」
あんな大きな家に、この人は、やっぱり一人で住んでいるんだ。
「あ…、じゃあ、また。」
「あ。はい。また。」
買い物を済ませて、家に戻った。
何だか…。テンションが上がっていた。
…あ。名前…。聞けば良かった。
だって、また、あんな風に会うことがあったら…。名前を知っていたほうが、話しかけやすいし。
翌日は、また9:00〜9:00の勤務が入っていた。
朝は会えなかったけれど、20:00過ぎの電車で帰ってきた『あの人』を見て、やっぱり何だか、嬉しくなった。
「あれ?」
だけど、何だか、違和感がある。なんだろう?…あ!
「あの!」
「ん?あぁ、こんばんは。」
「こんばんは。あの…。いつものお荷物は?」
「え?…あっ!!」
違和感の正体は、いつもこの人が持っている、あの分厚いカバンがないことだ。
「あぁ。電車の中だ…。」
「あ…。ちょっと待っててください。今、すぐに確認取ってみますから。」
ボクは、走って駅舎に向かうと、次の駅に連絡を入れた。あの人が乗っていた、一番後ろの車両に置いてある、分厚い黒いカバンを、受け取っておいて欲しいと話すと、話を聞いてくれた先輩が、快く了承してくれた。
しばらくして、カバンは無事、次の駅で保管してくれているという連絡がやってきた。
「あぁ、本当にすまない。」
「いいえ。良かったです。あの、どうなさいますか?今から取りに行かれますか?」
「あぁ、すぐ次の電車で取りに行ってきます。」
「はい。」
「あぁ、よく気付いてくれたね。」
「あ…。はい。あの。お客様はいつも、とても大きなカバンを持っていらっしゃるのが、印象的だったものですから…。」
「そうか。いや、本当にありがとう。」
「いいえ。」
その人が、次の電車に乗るのを見送ると、その人は、ボクに軽く手を振ってくれた。ボクは、何だかすごく照れてしまっていた。
一時間くらいして、その人はまた電車でこの駅に戻ってきた。
「あ…。良かったです。」
「あぁ、うん。本当にありがとう。助かりました。」
「いえ。」
「あ…。そうだ。定期を買いたいんですが…。」
「あ、はい。すぐにやります。」
駅舎を覗いてみると、駅長は席を外しているようだった。うちの駅は、自動券売機で定期の発行が出来ないので、アナログ的に作成している。でも、ボクは今まで、この人の定期を作成したことはなかった。
申込用紙に、サラサラと必要事項を記入して、その人は用紙を渡してくれた。
市井 東…イチイ アズマ 30歳
うちの駅から、7つ先の駅までの定期だった。ボクは、ササッと、6ヶ月定期を作成した。
「イチイさん。」
「あ…。はい。」
「お待たせいたしました。」
「ありがとう。」
「いえ。こちらこそ、いつもご利用いただきまして、ありがとうございます。」
「うん。いや、こちらこそ。本当にありがとう。」
「あの…。」
「ん?」
「東都大学の、気象学研究室勤務…なんですか?」
職業欄には、そう書かれていた。東都大学…。その字が目に入ってきた時、ボクは胸がドキリと鳴ったんだ。
「え?あぁ、そうです。」
「あの…。ボク、東都大学出身です。」
そう。胸が高鳴ったのは、ボクはついこの前まで、その東都大学生だったから。
更新日:2012-12-26 19:59:48