• 24 / 35 ページ
アロマの店の準備の傍ら、ある日アロマ学会認定医のドクターに誘われて、アロマのセミナーに出かけました。


それは、プラナロム社社長であり、ナードアロマテラピー研究会の会長である、ドミニク・ボドゥー薬学博士の講義でした。


フランス語の講義でしたが、通訳が付いて様々なアロマテラピーの効能や処方が解説され、まるで学会のセミナーを聞いているような高度な内容にただただ驚いたものです。


その中で、医学的な理論から精油の芳香成分の薬理効果を利用したセラピーが紹介されたのを見て、これは今ちまたに溢れているお洒落なアロマとは全く違うと感じました。


素人の私には難しい内容のセミナーでしたが、終わる頃には私はすっかりアロマの魅力に取り憑かれ、一緒に行ったドクターとアロマの話しに夢中になっていたのです。


そして、2004年1月5日、メディカルアロマの店「パルマローザ」が無事開店しました。


まだ宣伝などあまりしていなかったので、お客様のほとんどはクリニックの患者さまでしたが、ビルの中の知り合いなども覗きに来てくれてなかなかの繁盛ぶりでした。


でも、実際に店を始めて見ると、お客様の質問に答えられない事も多くなっていきます。


開店に当たって、とりあえず日本アロマ環境協会のアドバイザー資格は持っていましたが、メディカルアロマの処方を扱う者としては、当時の私ではまだまだのレベルでした。


何よりも、医学的、薬理学的な知識をきちんと学びたいと思いましたが、当時はそういう教育を行っているところは、資格取得のための認定校くらいしかありません。


仕方なく(?)店の唯一の定休日に、表参道の認定校のアロマテラピーインストラクターコースに約半年間通うことにしたのです。


正直なところそんな動機だったので、当初は資格を取る気持ちは全くありませんでした。

でも、一緒に学ぶ仲間は皆、資格取得を目指して必死に勉強していました。

また、講師の先生も「これだけ一生懸命教えたのだから、インストラクター試験に受からなかったら、承知しないわよっ!」とおっしゃいます。


せっかく時間とお金を費やして勉強しているのだから、やはり資格を取ろうと思い直したのは、講座のスケジュールも半分以上を過ぎた頃でした。


ところが、いざ資格取得となって調べると、インストラクター試験の合格率は30%に満たないことが解ったのです。


そこからは、さすがの私も必死で勉強し始めました。


当時はクリニックとアロマサロンの仕事をしながら、通勤電車の中でも必死で試験勉強をしていました。恐らくそれまでの人生で一番勉強したと思います。


そうして、晴れてインストラクター資格を取得してからは、メディカルアロマの勉強会などは、面白いほど理解出来るようになりました。


そして、ドクターの処方以外にも、お客様に様々な提案をしたり、私が処方を考えて販売していくことも出来るようになっていきました。


こうなってくると、どん欲に勉強したくなっていきます。


私は、メディカルアロマの本を読みあさり、セミナーにも片っ端から、出来る限り参加するようになっていきました。


特に海外でのセミナーでは、実際に生息しているハーブの姿をみたり、触ったり、採取することも出来、いつもボトルの中でしか接することのない香りを正に「生」で感じる事が出来る素晴らしい経験でした。


最初に私がアロマの研修目的で出かけたのは、アフリカ大陸の横にある、レユニオン島です。


ここはハーブの聖地であり、フィトサンアローム社の医学博士フィリップ・ゴエブ氏がアロマテラピーでの治療を行っている場所でもありました。


ここで、10日間かけて、ゴエブ博士のアロマでの治療法を医師、歯科医師、薬剤師の方に混ざって学ぶことが出来ました。


この本場のアロマテラピーは、先人の知恵を元にしながらも確かな理論の裏付けがあるものばかりで、日本で語られているアロマテラピーよりもずっと実践的で確かなものばかりでした。


その知識を日本で紹介しようと決心して執筆したのが、著書「実践!アロマ健康法」(教育出版社)です。


アロマの本といえば、綺麗な写真満載のカタログの様なものが多い中、この本は理論と実際の現場情報で組み立てたものだったので、ちょっと変わった書籍に仕上がりました。


著書が発刊されてすぐ、私は南フランスでの海外研修に8日間ほど出かけていたのですが、帰国してアマゾンを見ると、さっそく在庫は完売していて、とても嬉しかったものです。


この頃から私は、本場で学んだ正しく安全なメディカルアロマを、一人でも多くの人に啓蒙して行こうと決意するに至ったのです。

更新日:2012-11-19 22:03:36

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook