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被告喚問の日、私は法定内の自分の席で、Sさんはどのような気持ちで医療法人を私から譲り受けたのだろうかと、聞いてみたいと思っていました。


まず被告弁護人は、Sさんが私と会計士に騙されて、ひどく不利な内容の契約書にサインさせられて可哀想・・・ということを一生懸命アピールしていました。


一方、私の弁護士は、Sさんが、私から譲渡された法人以外にも2つの医療機関の経営に携わり、一つの病院では、院長が自己破産に追い込まれた事実を突き止めていたのです。


ですので、途中からはそれについても聞き正していきました。


意外な展開に被告弁護人は慌てて、

「それは本件とは関わりありません!!」

と怒鳴っていましたが(正にドラマと同じです)

私の弁護士は、彼女の経営に対する姿勢の実態をきちんと証明するために必要だとして、矛先を弛めませんでした。


そして思ってもいない質問にSさん本人もひどく狼狽して、

「だって、△△さんが、儲かるっていったんだもの~。あの病院(私の譲渡した医療法人)なら大丈夫だって言ったから引き受けたんですぅ。」

と、まるで女子高生の様な答え方をしたのです。


さらに、Sさんは質問を最後まで聞かないで勝手に喋るので、その事を何度も裁判官に注意されていました。


そんな調子ですから、法廷というところをどう考えているのだろう?という表情が裁判官を始めとする他の事務次官達からも感じられたものです。



私は、正直なところ、Sさんがこんないい加減な気持ちで、私の大切なクリニックを自分のものにしたのかと思うと、情けなくてやりきれませんでした。


こんな事になるなら、閉鎖してしまえば良かったとさえ思ったくらいです。



こうして、3年余り続いたこの裁判は、Sさんが支払予定金額の4分の1を、私に支払うという事で和解解決となりました。


実はこの時すでに、Sさんは他の医療機関やらドクター達からも告訴されており、金銭的に非常に厳しいようでした。


裁判官が、

「まあ、ここで和解金を受け取れば、取りっぱぐれないでしょう。」

と、諭してくださったのもあります。


とにかく無事終わりました。



裁判が終わると、さっそくいろいろな方から電話がありました。


実は、Sさんの給与不払いは相当な金額になっており、巻き込まれて自己破産させられたドクターも数人いたそうです。


更に、家賃も滞納し続けたので、クリニックはとうとうテナントを追い出されてしまい、別のビルに引っ越しをしていました。


でも、その後、信頼関係の崩壊した病院は理事長のなり手がなく、今は閉鎖しているそうです。


夫が命がけで作った医療法人がこのような形になったのは、とても無念ですが、これも運命でしょう。


和解の夜、私は仏壇に夫の大好きだった日本酒を供えて、

「パパの大事な病院をあんな人に渡しちゃってごめんね。でも、守ってくれてありがとう。」

と、手を合わせました。



この出来事を通して、本当に信頼出来る人は誰なのか、また、人生は諸行無常であり、そこでいかに自分をごまかさずに誠意を尽くして生きるかが大切なのだ、と学ばさせられたと思っています。


裁判は所詮大人のケンカです。


当人同士で解決しないから、法律に鑑みながら、第3者がお互いの言い分をぶつけ合って妥協点を見つける方法なのでしょう。


時間もかかるし、お金もかかります。


何より何度も精神力が持たなくなりそうでした。


でも、残してきた職員がひどい目に遭っていたので、Sさんを許す事は出来ませんでした。


給与不払いなどの目にあった彼らにとって、私の裁判の和解は納得のいく結果とはならなかったかも知れません。


でも、この私でさえ力の限りで戦ったのですから、今度は彼らにも、納得のいくまで頑張って欲しいと思っています。

更新日:2012-11-08 23:29:50

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