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レン、カイト~明けない冬~(2)
カイトがメイコからの“土産”を受け取ってから数日後。
大臣や有力貴族たち主流派の間に、静かだが衝撃的なが事件が起きた。
それは彼らにとって無視できない事態であり、同時に決して表沙汰にできない事件だった。
彼らの屋敷から、土地の売買に使われた書類が次々と盗まれていた。
それも、主要な市場となっている通りに関する書類ばかりというのが、彼らを悩ませた。
前述したとおり、通りというものは元々は公共つまり国のものだ。
王制という政治体制であるならば、それは国王のものと言ってもいい。
主流派はそれが法律として明文化されていないことをいいことに、法案制定のどさくさに紛れて私物化していた。
無論、彼らとて馬鹿ではない。
それが法的にも認められるよう、法案の改正、いやむしろ改悪を行い、その他にも拡大解釈を駆使して、強引に合法化していた。
だが、それはあくまで“非合法ではない”というレベルでの合法に過ぎず、さらに国王であるレンの目を盗むかたちで密かに推し進めたことは間違いない。
つまり、国王に対する背信行為と言ってもいい。
盗まれた書類は、その背信行為の証拠だった。
――盗んだのは、もしや国王の親衛隊か?
レンが、昨年末からのぞかせ始めた才気の爪の鋭さを、主流派、とりわけ法務大臣をはじめとする中枢部の人間たちは警戒していた。
だがその警戒は、忠誠につながる畏怖ではない。
敵に対する、恐怖だった。
反主流派をめぐる陰謀では、レンと親衛隊にまんまとしてやられた。
そのために例の三案件を呑まされるという屈辱を味わったのだ。
だから、そのために失った利益や権益を少しでも取り戻すために、密かな策を巡らせたのだ。
ここまで面倒なことは、飾り物の君主相手なら行う必要などなかった。
――まったく、厄介な子供だ。
いずれ国王の座から引き摺り下ろさなければならない。だが、今はまだ彼ら主流派の方が不利だ。
だから、表向きはレンに従う。
忠実な下僕を装う。
そのためには……少なくとも自分ひとりが助かるためには、あの盗まれてしまった書類だけは決して世に出してはいけなかった。
あれがレンの目に止まれば、その者に対し必ずや処罰を下すだろう――
――と、書類を盗まれた者たちは皆、そう予想した。
このままでは、自分ひとりが処罰される、と。
主流派の他の仲間たちも同罪だが、もし彼らの書類が盗まれていないのなら、彼らはあっさりと仲間を見限り切り捨てるだろう。
あわよくば自分たちの罪さえも押しかぶせ、無関係を決め込むに違いない。
なぜなら、立場が違えば、自分は絶対にそうするからだ――
――誰も彼もが、そう思っていた。
さらに、もしかするとこれは親衛隊ではなく、同じ主流派内部のライバルの犯行ではないかとさえ疑い始めていた。
味方はいない。
全てが敵だ。
書類を盗まれた者たち……それは主流派のほとんど全員だったが、誰もがそう思い、誰もを敵視し始めた。
もはや、そこに主流派などという派閥はなかった。
元々は反主流派に対する派閥であっただけに、敵を葬った以上存在価値などない派閥であったから、それが瓦解するのも当然だった。
だが、あとに残ったのは、これまで以上に悪化した疑心暗鬼と、
そして国も他人も顧みない、浅ましい自己保身への執着だけだった。
大臣や有力貴族たち主流派の間に、静かだが衝撃的なが事件が起きた。
それは彼らにとって無視できない事態であり、同時に決して表沙汰にできない事件だった。
彼らの屋敷から、土地の売買に使われた書類が次々と盗まれていた。
それも、主要な市場となっている通りに関する書類ばかりというのが、彼らを悩ませた。
前述したとおり、通りというものは元々は公共つまり国のものだ。
王制という政治体制であるならば、それは国王のものと言ってもいい。
主流派はそれが法律として明文化されていないことをいいことに、法案制定のどさくさに紛れて私物化していた。
無論、彼らとて馬鹿ではない。
それが法的にも認められるよう、法案の改正、いやむしろ改悪を行い、その他にも拡大解釈を駆使して、強引に合法化していた。
だが、それはあくまで“非合法ではない”というレベルでの合法に過ぎず、さらに国王であるレンの目を盗むかたちで密かに推し進めたことは間違いない。
つまり、国王に対する背信行為と言ってもいい。
盗まれた書類は、その背信行為の証拠だった。
――盗んだのは、もしや国王の親衛隊か?
レンが、昨年末からのぞかせ始めた才気の爪の鋭さを、主流派、とりわけ法務大臣をはじめとする中枢部の人間たちは警戒していた。
だがその警戒は、忠誠につながる畏怖ではない。
敵に対する、恐怖だった。
反主流派をめぐる陰謀では、レンと親衛隊にまんまとしてやられた。
そのために例の三案件を呑まされるという屈辱を味わったのだ。
だから、そのために失った利益や権益を少しでも取り戻すために、密かな策を巡らせたのだ。
ここまで面倒なことは、飾り物の君主相手なら行う必要などなかった。
――まったく、厄介な子供だ。
いずれ国王の座から引き摺り下ろさなければならない。だが、今はまだ彼ら主流派の方が不利だ。
だから、表向きはレンに従う。
忠実な下僕を装う。
そのためには……少なくとも自分ひとりが助かるためには、あの盗まれてしまった書類だけは決して世に出してはいけなかった。
あれがレンの目に止まれば、その者に対し必ずや処罰を下すだろう――
――と、書類を盗まれた者たちは皆、そう予想した。
このままでは、自分ひとりが処罰される、と。
主流派の他の仲間たちも同罪だが、もし彼らの書類が盗まれていないのなら、彼らはあっさりと仲間を見限り切り捨てるだろう。
あわよくば自分たちの罪さえも押しかぶせ、無関係を決め込むに違いない。
なぜなら、立場が違えば、自分は絶対にそうするからだ――
――誰も彼もが、そう思っていた。
さらに、もしかするとこれは親衛隊ではなく、同じ主流派内部のライバルの犯行ではないかとさえ疑い始めていた。
味方はいない。
全てが敵だ。
書類を盗まれた者たち……それは主流派のほとんど全員だったが、誰もがそう思い、誰もを敵視し始めた。
もはや、そこに主流派などという派閥はなかった。
元々は反主流派に対する派閥であっただけに、敵を葬った以上存在価値などない派閥であったから、それが瓦解するのも当然だった。
だが、あとに残ったのは、これまで以上に悪化した疑心暗鬼と、
そして国も他人も顧みない、浅ましい自己保身への執着だけだった。
更新日:2013-07-28 12:06:27