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カイト、デル~ガラクタ酒場「本音亭」~
城下町の、迷路のような路地の、奥の奥。
そのさらに奥詰まった袋小路に、看板の傾いたガラクタ酒場があった。
ガラクタ酒場というのは、オンボロ建物を修築するのに、廃材やら古道具やらをタダ同然の安値で引き取ってきては、それを素人の手で打ち付けるということを繰り返したために、店の外観がまるでガラクタをよせ集めの様になったところから付けられた名前だった。
店の外観がガラクタの寄せ集めなら中身も似たようなもので、
一体どこから手に入れてきたのか怪しげな酒や食料が雑多に並ぶ棚。
所狭しと並ぶ、形も大きさも不揃いの椅子やテーブルには、これまたどこから集まるのか、様々な種類の人間が日夜出入りしていた。
出入りする客の大半が、ボロをまとった貧乏人。
残りの半分は、けばけばしく着飾った娼婦に、相手を威嚇するように派手な身なりをしたゴロツキども。
そして、住むところさえない浮浪者たち。
そんな連中に混じって、時おり、妙にこざっぱりとした格好の青年たちの姿もあった。
青年たちは、大抵が中小貴族や小売商人の次男や三男坊。
つまり、自分ひとりを養う金はあるが、この先、家や家業を告げる見込みもない、そんな若者たちだった。
彼らは夕闇が近づく時間になると、どこからともなく娼婦を引き連れてガラクタ酒場へやって来る。
そして、そこで貧乏人やゴロツキに混じって、酒をおごり、どんちゃん騒ぎを沸き立たせ、その内にひっそりと店の奥の部屋に消えていくのが常だった。
娼婦を引き連れてやってきた彼らだったが、店の奥の部屋でやっていることは、娼婦との秘められた遊びではなかった。
娼婦たちはお祭り騒ぎの酒場に置き去りにされ、青年たちばかりが集まった奥の部屋では、酒を片手に夜を徹した政治批判が行われていた。
「昨今の政治中枢は、もはや腐り切っている。国王をはじめとして、大臣たち有力貴族は国家を食い物にしているとしか思えない!」
「ここ十年で既に二度も税が引き上げられているというのに、国家財政は依然として苦しいままなのは、どういう訳だ?」
「税率が高いのは庶民だけだ。上級階層はむしろ減税されている」
「利権が一部の有力貴族とその周辺の豪商に集中しすぎている。税率といい、国家は既に、奴らの収益装置も同然だ」
「小売業者への高額の店税も、利権の集中の政策の一環だ。奴ら、ほとんど国外産業とつるんでいるからな。国内産業を圧迫した方が儲かるのさ」
「おかげで、今や国内の商業活動の三割近くが闇市化してしまっている。これを打開するには、店税を廃し、闇市に認可を与えて公然化する必要がある」
「そんな政策、今の政府が出すものか。奴ら、むしろ闇市を黙認するかわりに賄賂を徴収しているんだ。店税よりもタチが悪い」
「警備隊に至っては、今では税や賄賂を払わない連中を摘発しては罰金を巻き上げることに一生懸命で、治安維持活動を放棄している有様だ。この街の治安は悪化する一方だ」
「このままでは国が潰れるぞ」
「もう限界が近い」
「ならば革命か?」
「おぉ、革命だ!」
「革命万歳!!!」
城下街の、迷路のように複雑な路地の奥、獣の巣のような袋小路にあるガラクタ酒場。
そこで包み隠さず本音を言い合い、革命を叫ぶこの青年たちを、人は「本音党」と呼んだ。
そして、彼らが集うこのガラクタ酒場は、いつしか人々から「本音亭」と密かに呼ばれるようになっていた。
カイトが、アンに腕を引かれながら本音亭の扉をくぐった途端、酒場から声が上がった。
「見ろ、俺たちのカナリアが凱旋したぞ!」
酒場に屯していた人々が、一斉に歓声を上げた。
「お帰り、カイト!」
「我らの声よ!」
「代弁者!」
「弱者の味方、革命の歌い手!」
乾杯、と次々にカイトに向かって杯が掲げられる。
カイトはその熱烈な歓迎の一つ一つに会釈で応えながら、アンと別れ、ひとりで店の奥のカウンターへ進んだ。
カウンターで、最初に声をかけた男が、カイトを待っていた。
男は、火の点いてないタバコを口にくわえたまま、カイトに向かってにやりと笑った。
「カイト、二ヶ月ぶりだな。どこをほっつき歩いていた?」
「いつも通り、各国を歌いまわってきた。本当は一ヶ月で帰るつもりだったが、緑国で引き止められてしまった」
「あの公国か。確か、大公には年頃の娘がいたな」
「邪推だな、デル」
「果たしてどうかな。その姫の馬車に乗って帰ってきたことは知ってるぜ」
そのさらに奥詰まった袋小路に、看板の傾いたガラクタ酒場があった。
ガラクタ酒場というのは、オンボロ建物を修築するのに、廃材やら古道具やらをタダ同然の安値で引き取ってきては、それを素人の手で打ち付けるということを繰り返したために、店の外観がまるでガラクタをよせ集めの様になったところから付けられた名前だった。
店の外観がガラクタの寄せ集めなら中身も似たようなもので、
一体どこから手に入れてきたのか怪しげな酒や食料が雑多に並ぶ棚。
所狭しと並ぶ、形も大きさも不揃いの椅子やテーブルには、これまたどこから集まるのか、様々な種類の人間が日夜出入りしていた。
出入りする客の大半が、ボロをまとった貧乏人。
残りの半分は、けばけばしく着飾った娼婦に、相手を威嚇するように派手な身なりをしたゴロツキども。
そして、住むところさえない浮浪者たち。
そんな連中に混じって、時おり、妙にこざっぱりとした格好の青年たちの姿もあった。
青年たちは、大抵が中小貴族や小売商人の次男や三男坊。
つまり、自分ひとりを養う金はあるが、この先、家や家業を告げる見込みもない、そんな若者たちだった。
彼らは夕闇が近づく時間になると、どこからともなく娼婦を引き連れてガラクタ酒場へやって来る。
そして、そこで貧乏人やゴロツキに混じって、酒をおごり、どんちゃん騒ぎを沸き立たせ、その内にひっそりと店の奥の部屋に消えていくのが常だった。
娼婦を引き連れてやってきた彼らだったが、店の奥の部屋でやっていることは、娼婦との秘められた遊びではなかった。
娼婦たちはお祭り騒ぎの酒場に置き去りにされ、青年たちばかりが集まった奥の部屋では、酒を片手に夜を徹した政治批判が行われていた。
「昨今の政治中枢は、もはや腐り切っている。国王をはじめとして、大臣たち有力貴族は国家を食い物にしているとしか思えない!」
「ここ十年で既に二度も税が引き上げられているというのに、国家財政は依然として苦しいままなのは、どういう訳だ?」
「税率が高いのは庶民だけだ。上級階層はむしろ減税されている」
「利権が一部の有力貴族とその周辺の豪商に集中しすぎている。税率といい、国家は既に、奴らの収益装置も同然だ」
「小売業者への高額の店税も、利権の集中の政策の一環だ。奴ら、ほとんど国外産業とつるんでいるからな。国内産業を圧迫した方が儲かるのさ」
「おかげで、今や国内の商業活動の三割近くが闇市化してしまっている。これを打開するには、店税を廃し、闇市に認可を与えて公然化する必要がある」
「そんな政策、今の政府が出すものか。奴ら、むしろ闇市を黙認するかわりに賄賂を徴収しているんだ。店税よりもタチが悪い」
「警備隊に至っては、今では税や賄賂を払わない連中を摘発しては罰金を巻き上げることに一生懸命で、治安維持活動を放棄している有様だ。この街の治安は悪化する一方だ」
「このままでは国が潰れるぞ」
「もう限界が近い」
「ならば革命か?」
「おぉ、革命だ!」
「革命万歳!!!」
城下街の、迷路のように複雑な路地の奥、獣の巣のような袋小路にあるガラクタ酒場。
そこで包み隠さず本音を言い合い、革命を叫ぶこの青年たちを、人は「本音党」と呼んだ。
そして、彼らが集うこのガラクタ酒場は、いつしか人々から「本音亭」と密かに呼ばれるようになっていた。
カイトが、アンに腕を引かれながら本音亭の扉をくぐった途端、酒場から声が上がった。
「見ろ、俺たちのカナリアが凱旋したぞ!」
酒場に屯していた人々が、一斉に歓声を上げた。
「お帰り、カイト!」
「我らの声よ!」
「代弁者!」
「弱者の味方、革命の歌い手!」
乾杯、と次々にカイトに向かって杯が掲げられる。
カイトはその熱烈な歓迎の一つ一つに会釈で応えながら、アンと別れ、ひとりで店の奥のカウンターへ進んだ。
カウンターで、最初に声をかけた男が、カイトを待っていた。
男は、火の点いてないタバコを口にくわえたまま、カイトに向かってにやりと笑った。
「カイト、二ヶ月ぶりだな。どこをほっつき歩いていた?」
「いつも通り、各国を歌いまわってきた。本当は一ヶ月で帰るつもりだったが、緑国で引き止められてしまった」
「あの公国か。確か、大公には年頃の娘がいたな」
「邪推だな、デル」
「果たしてどうかな。その姫の馬車に乗って帰ってきたことは知ってるぜ」
更新日:2013-12-16 00:54:51