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それでも、カイトの周囲の人間を傷つけぬような走り方では、ゴロツキどもの数と腕力に任せた強引なやり方に追いつくことができない。
せいぜい、見失わないようにするのが精一杯だった。
ゴロツキどもが混乱を抜け出し、別の路地へと消えていく。
カイトが混乱の闇市から抜け出したき、彼らは既にその複雑に折れ曲がった路地の奥へと消えてしまっていた。
路地を奥に進み、二~三度曲がると、もう人気はなくなり、先ほどの混乱が嘘のような静寂に包まれる。
彼女の姿は見えない。見失った……
「………」
カイトは立ち止まり、目を閉じ、耳をすませた。
………助けて
「っ!」
聴こえた。
見つけた。
カイトはすぐさまその方向へと走り出す。
路地を走り、曲がり、そしてその場に辿りついた。
じめじめとした薄暗い路地の奥で、四人の男達に囲まれ、組み敷かれた少女がいた。
その服は引き破られていて、白い肌と、虐げられ苦悶に泣く少女の表情が、カイトの目を打った。
(――国王の双子か!?)
こんな状況にもかかわらず、出し抜けに少女の正体を思い出した。
先日、王宮へ赴いた時に国王のそばにいたメイドだ。
国王の双子の姉がメイド長をやっているというのはカイトも聞き及んでいた。
臣籍降下して国政に関わる立場でも無いので、あの時はさほど注意を払わなかったが、しかしレン国王と見間違うほどの少女となれば他には居ないだろう。
その少女が襲われている。
その光景に、カイトは得体の知れない感情を覚えた。
怒りのような、
そして、もっと暗い別の何か。
カイトは何の躊躇いもなく、ゴロツキどもに向かっていった。
男達の髪をつかみ無理やり投げ飛ばす。
刃物を持ち出した男の手と顎に、蹴りを叩き込む。
背後から襲いかかって来た男をかわし、その首に手刀を打ち込む。
残った四人目の男は、戦うまでもなく戦意を喪失していた。
「仲間を連れて去れ。それと……次は見逃さぬぞ」
ゴロツキどもが去ったのを見届け、カイトは、路地の隅にうずくまる少女のそばに寄った。
噛まされていた猿轡は少女自身が取り去っていた。
羽織っていたフード付きマントはどこかで失くしたようで、破かれた服を両手で押さえながら、背中を丸め座り込んでしまっている。
カイトは自分のコートを脱ぎ、少女の震える肩に被せた。
「立てるか?」
そう問うと、少女は力なく首を横に振った。
カイトは肩と背中に手を回して、労わるように支えながら、リンを立たせた。
「しかし驚いたな。国王の姉ともあろう者が、なぜここにいる?」
カイトの言葉に、少女が顔を上げ、キッと睨みつけてきた。
「そ――」
反論しようとしたのか、何かを言おうとしたその唇が動きを止め、そして激しく震えだした。
「あ……ぅあ……ぁ……ぁうう」
出てきたのは、嗚咽だった。
少女の全身が震えだし、奥歯がガタガタと音を立て、足腰に力が入らなくなって、カイトの胸にすがりつくように倒れ込んだ。
張り詰めてきた緊張の糸が、ついに耐え切れなくなってプッツリと切れたようだった。
「うぁああ………わぁぁぁぁぁ……」
己の胸に顔をうずめ、子猫のように震え泣く少女の背中をさすりながら、カイトは少女の名前を思い出そうとした。
(………)
不思議と、思い出せなかった。
日頃から人の名前や顔を覚えるのは得意で、一度あえば忘れない。
この街でも貧民街の人々、浮浪児や娼婦に至るまで記憶している。
この少女も王宮で見かけているし、まして国王の姉だ。名前を聞いていないはずがない。
それなのに、なぜか彼女をみて思い浮かべてしまうのは、レンの名ばかりだった。
彼女が落ち着くのを待ちながら、カイトは、例の護衛らしき男が現れるのを待っていた。
しかし、どうしたことか一向に姿を現さない。
襲われ、服を破られた少女をこんな場所に放っておくわけにも行かず、カイトは彼女を知り合いの下へと連れて行くことにした。
彼女はカイトに大人しく従って付いて来た。
複雑な路地を幾度も曲がり、辿りついた先は、貧民街にある一軒の小さな教会だった。
裏門の立て付けの悪い扉をくぐると、顔なじみのシスターがちょうど裏庭で洗濯物を干しているところだった。
あら? と、シスターが勝手に入ってきた二人に目を向けた。
「カイト、今日はどんなお客様をお招きしたの?」
そう言うシスターの声と表情は朗らかで、突然の訪問でも心から歓迎しているようだった。
「路地で襲われていた」
カイトは短くそう答え、彼の背後で静かにうつむく彼女を、そっとシスターの前に押し出した。
シスターは優しさと慈しみの目で、彼女を眺め、そして全てを察したように頷いた。
「わかったわ、あとは任せて」
「頼む、メイコ」
シスター・メイコはニッコリと微笑むと、彼女の肩を抱いて教会の中へと連れて行った。
せいぜい、見失わないようにするのが精一杯だった。
ゴロツキどもが混乱を抜け出し、別の路地へと消えていく。
カイトが混乱の闇市から抜け出したき、彼らは既にその複雑に折れ曲がった路地の奥へと消えてしまっていた。
路地を奥に進み、二~三度曲がると、もう人気はなくなり、先ほどの混乱が嘘のような静寂に包まれる。
彼女の姿は見えない。見失った……
「………」
カイトは立ち止まり、目を閉じ、耳をすませた。
………助けて
「っ!」
聴こえた。
見つけた。
カイトはすぐさまその方向へと走り出す。
路地を走り、曲がり、そしてその場に辿りついた。
じめじめとした薄暗い路地の奥で、四人の男達に囲まれ、組み敷かれた少女がいた。
その服は引き破られていて、白い肌と、虐げられ苦悶に泣く少女の表情が、カイトの目を打った。
(――国王の双子か!?)
こんな状況にもかかわらず、出し抜けに少女の正体を思い出した。
先日、王宮へ赴いた時に国王のそばにいたメイドだ。
国王の双子の姉がメイド長をやっているというのはカイトも聞き及んでいた。
臣籍降下して国政に関わる立場でも無いので、あの時はさほど注意を払わなかったが、しかしレン国王と見間違うほどの少女となれば他には居ないだろう。
その少女が襲われている。
その光景に、カイトは得体の知れない感情を覚えた。
怒りのような、
そして、もっと暗い別の何か。
カイトは何の躊躇いもなく、ゴロツキどもに向かっていった。
男達の髪をつかみ無理やり投げ飛ばす。
刃物を持ち出した男の手と顎に、蹴りを叩き込む。
背後から襲いかかって来た男をかわし、その首に手刀を打ち込む。
残った四人目の男は、戦うまでもなく戦意を喪失していた。
「仲間を連れて去れ。それと……次は見逃さぬぞ」
ゴロツキどもが去ったのを見届け、カイトは、路地の隅にうずくまる少女のそばに寄った。
噛まされていた猿轡は少女自身が取り去っていた。
羽織っていたフード付きマントはどこかで失くしたようで、破かれた服を両手で押さえながら、背中を丸め座り込んでしまっている。
カイトは自分のコートを脱ぎ、少女の震える肩に被せた。
「立てるか?」
そう問うと、少女は力なく首を横に振った。
カイトは肩と背中に手を回して、労わるように支えながら、リンを立たせた。
「しかし驚いたな。国王の姉ともあろう者が、なぜここにいる?」
カイトの言葉に、少女が顔を上げ、キッと睨みつけてきた。
「そ――」
反論しようとしたのか、何かを言おうとしたその唇が動きを止め、そして激しく震えだした。
「あ……ぅあ……ぁ……ぁうう」
出てきたのは、嗚咽だった。
少女の全身が震えだし、奥歯がガタガタと音を立て、足腰に力が入らなくなって、カイトの胸にすがりつくように倒れ込んだ。
張り詰めてきた緊張の糸が、ついに耐え切れなくなってプッツリと切れたようだった。
「うぁああ………わぁぁぁぁぁ……」
己の胸に顔をうずめ、子猫のように震え泣く少女の背中をさすりながら、カイトは少女の名前を思い出そうとした。
(………)
不思議と、思い出せなかった。
日頃から人の名前や顔を覚えるのは得意で、一度あえば忘れない。
この街でも貧民街の人々、浮浪児や娼婦に至るまで記憶している。
この少女も王宮で見かけているし、まして国王の姉だ。名前を聞いていないはずがない。
それなのに、なぜか彼女をみて思い浮かべてしまうのは、レンの名ばかりだった。
彼女が落ち着くのを待ちながら、カイトは、例の護衛らしき男が現れるのを待っていた。
しかし、どうしたことか一向に姿を現さない。
襲われ、服を破られた少女をこんな場所に放っておくわけにも行かず、カイトは彼女を知り合いの下へと連れて行くことにした。
彼女はカイトに大人しく従って付いて来た。
複雑な路地を幾度も曲がり、辿りついた先は、貧民街にある一軒の小さな教会だった。
裏門の立て付けの悪い扉をくぐると、顔なじみのシスターがちょうど裏庭で洗濯物を干しているところだった。
あら? と、シスターが勝手に入ってきた二人に目を向けた。
「カイト、今日はどんなお客様をお招きしたの?」
そう言うシスターの声と表情は朗らかで、突然の訪問でも心から歓迎しているようだった。
「路地で襲われていた」
カイトは短くそう答え、彼の背後で静かにうつむく彼女を、そっとシスターの前に押し出した。
シスターは優しさと慈しみの目で、彼女を眺め、そして全てを察したように頷いた。
「わかったわ、あとは任せて」
「頼む、メイコ」
シスター・メイコはニッコリと微笑むと、彼女の肩を抱いて教会の中へと連れて行った。
更新日:2013-01-14 01:40:49