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リン、カイト~街で見かけた、青い彼~(3)
路地でリンを最初に見かけたとき、カイトは彼女をレンだと思った。
(……なぜ、国王ともあろう者が、こんなところにいるのだ?)
フードの下から時おり垣間見える美しい顔立ち、輝くような金髪。
みすぼらしい服を着ているが、その全体から立ち昇る気品は隠しようも無く、この掃き溜めのような裏路地ではどうしようもなく浮いて見えた。
それにしても……
(なぜ、女装までしているのだ?)
随分と念の入った変装だった。
変装が上手すぎて、どこからどうみても少女にしか見えない。
それも美少女だ。
すれ違う者たちの視線が、自然と“彼”に集まっていた。
現に、自分も目を離せないでいる……
(危ないな)
女装少年に目を惹かれている自分の趣味嗜好の問題とは別の意味で、カイトは危機感を抱いた。
“彼”は人目を惹きすぎている。
ほとんどが興味本位であるためにすぐに逸らされていくものの、中にはしつこくまとわりついてくる視線がいくつかあった。
カイトは周囲を見回し、その視線を確認する。
およそ七~八人といったところか。
行商が三人、“彼”に押し売りを仕掛けようと、声をかける機会を狙っている。
それ以外の連中は、好色そうな目をしたゴロツキどもだ。
(……まずいな)
ああいう連中に目をつけられたとなると、厄介だ。
カイトはそれとなく周辺に注意を払いながら、“彼”の後を尾け始めた。
しばらく尾け続けているうちに、また別の視線に気づいた。
(………もうひとり、妙な奴がいるな?)
ゴロツキどもの後ろに、小柄な影。
ボロボロのコートに、水兵帽を深く被り視線を隠しているが、それでもその下から時おり覗く鋭い視線が、“彼”とゴロツキを交互に見ている。
(只者じゃないな。……レン国王の護衛か?)
恐らく親衛隊の一人だろう。ご苦労なことだ。
しかし、護衛がついているのなら、わざわざカイトが心配して着いていく必要なんか無かったわけだ。
(バカバカしい)
つい日頃の癖で庇護欲が出てしまったが、考えてみれば相手は国王だ。
女装でお忍びなどと何の悪ふざけか知らないが、その身辺は常に守られていて当然だ。
カイトが日頃から面倒を見ている、貧民街の人々とは違うのだ。
カイトは“彼”から目を離し、他の場所へ行こうとした。だがその時、
「か、買います」
透き通るような声が、カイトの耳に届いた。
この喧騒渦巻く闇市で、それほど大きな声でもなかったのに、闇に指す一筋の光のように輝くその声。
(レン国王ではない?)
王宮で聴いた、変声期を迎えた少年の声ではなかった。
その声は間違いなく少女のもの。
驚きに再びそちらに目を向けると、“彼”…いや彼女は、行商の一人から織物を買おうとしている所だった。
しかし、その買い方がいかにもまずい。
行商が提示した値段を、それもかなり高額にもかかわらず、値切ることなく買ってしまったのだ。
しかも、その場でその金額を支払ってしまった。
周囲の行商たちがそれを目にして、一斉に彼女に群がっていく。
(まずいことになったぞ!)
そう思ったときにはもう遅かった。
周囲を顧みない行商たちの客の取り合いが始まり、その煽りをくらって、通りが一気に喧騒と化した。
人の動きが激しくなり、彼女に向かって駆け寄ろうとしたカイトの進路を塞ぐ。
肝心の護衛はといえば、カイトよりも彼女との距離を空けていたために、人の渦に巻き込まれ見えなくなってしまっていた。
さらにまずい事に、先ほどのゴロツキどもが、明確に彼女へ狙いを定めたようだった。
(くそっ)
カイトは焦った。
ゴロツキどもにはあの少女が国王によく似ているなどはどうでもいい事で、重要なのは彼女が美少女でしかも多額の金を持ち歩いているということだ。
そういう人間に対し、彼らは容赦ない残虐性を発揮することを、カイトはよく知っていた。
カイトは人ごみをかき分け彼女のもとへ進みながら、同時に、例の護衛らしき小柄な水兵帽の男を探した。
しかし、混乱にまぎれ、その姿は見当たらない。
そもそも、あれがレン国王で無いのなら、彼も護衛ですらないのかもしれない。
そうこうしている内に、闇市にさらなる混乱が襲いかかった。
警備兵の取り締まりである。
それも最悪なことに、不正行商の一斉摘発を狙った不意打ちだった。
騎馬兵を中心とした警備兵の容赦呵責ない突撃によって、路地はパニックに陥った。
そのパニックの中、ゴロツキどもに抱えられ、連れ去られていく彼女の姿があった。
集団で隊伍を組み、あたりかまわず人を突き飛ばして去っていく。
カイトもまた、混乱の中をそのあとを追いかけ走った。
しかし、ゴロツキどものように人を突き飛ばすような真似はしない。
カイトは激流のような混乱の中を、まるで泳ぐようにすり抜けていく。
足さばき、体さばき、そのどれをとっても常人離れした動きだ。
(……なぜ、国王ともあろう者が、こんなところにいるのだ?)
フードの下から時おり垣間見える美しい顔立ち、輝くような金髪。
みすぼらしい服を着ているが、その全体から立ち昇る気品は隠しようも無く、この掃き溜めのような裏路地ではどうしようもなく浮いて見えた。
それにしても……
(なぜ、女装までしているのだ?)
随分と念の入った変装だった。
変装が上手すぎて、どこからどうみても少女にしか見えない。
それも美少女だ。
すれ違う者たちの視線が、自然と“彼”に集まっていた。
現に、自分も目を離せないでいる……
(危ないな)
女装少年に目を惹かれている自分の趣味嗜好の問題とは別の意味で、カイトは危機感を抱いた。
“彼”は人目を惹きすぎている。
ほとんどが興味本位であるためにすぐに逸らされていくものの、中にはしつこくまとわりついてくる視線がいくつかあった。
カイトは周囲を見回し、その視線を確認する。
およそ七~八人といったところか。
行商が三人、“彼”に押し売りを仕掛けようと、声をかける機会を狙っている。
それ以外の連中は、好色そうな目をしたゴロツキどもだ。
(……まずいな)
ああいう連中に目をつけられたとなると、厄介だ。
カイトはそれとなく周辺に注意を払いながら、“彼”の後を尾け始めた。
しばらく尾け続けているうちに、また別の視線に気づいた。
(………もうひとり、妙な奴がいるな?)
ゴロツキどもの後ろに、小柄な影。
ボロボロのコートに、水兵帽を深く被り視線を隠しているが、それでもその下から時おり覗く鋭い視線が、“彼”とゴロツキを交互に見ている。
(只者じゃないな。……レン国王の護衛か?)
恐らく親衛隊の一人だろう。ご苦労なことだ。
しかし、護衛がついているのなら、わざわざカイトが心配して着いていく必要なんか無かったわけだ。
(バカバカしい)
つい日頃の癖で庇護欲が出てしまったが、考えてみれば相手は国王だ。
女装でお忍びなどと何の悪ふざけか知らないが、その身辺は常に守られていて当然だ。
カイトが日頃から面倒を見ている、貧民街の人々とは違うのだ。
カイトは“彼”から目を離し、他の場所へ行こうとした。だがその時、
「か、買います」
透き通るような声が、カイトの耳に届いた。
この喧騒渦巻く闇市で、それほど大きな声でもなかったのに、闇に指す一筋の光のように輝くその声。
(レン国王ではない?)
王宮で聴いた、変声期を迎えた少年の声ではなかった。
その声は間違いなく少女のもの。
驚きに再びそちらに目を向けると、“彼”…いや彼女は、行商の一人から織物を買おうとしている所だった。
しかし、その買い方がいかにもまずい。
行商が提示した値段を、それもかなり高額にもかかわらず、値切ることなく買ってしまったのだ。
しかも、その場でその金額を支払ってしまった。
周囲の行商たちがそれを目にして、一斉に彼女に群がっていく。
(まずいことになったぞ!)
そう思ったときにはもう遅かった。
周囲を顧みない行商たちの客の取り合いが始まり、その煽りをくらって、通りが一気に喧騒と化した。
人の動きが激しくなり、彼女に向かって駆け寄ろうとしたカイトの進路を塞ぐ。
肝心の護衛はといえば、カイトよりも彼女との距離を空けていたために、人の渦に巻き込まれ見えなくなってしまっていた。
さらにまずい事に、先ほどのゴロツキどもが、明確に彼女へ狙いを定めたようだった。
(くそっ)
カイトは焦った。
ゴロツキどもにはあの少女が国王によく似ているなどはどうでもいい事で、重要なのは彼女が美少女でしかも多額の金を持ち歩いているということだ。
そういう人間に対し、彼らは容赦ない残虐性を発揮することを、カイトはよく知っていた。
カイトは人ごみをかき分け彼女のもとへ進みながら、同時に、例の護衛らしき小柄な水兵帽の男を探した。
しかし、混乱にまぎれ、その姿は見当たらない。
そもそも、あれがレン国王で無いのなら、彼も護衛ですらないのかもしれない。
そうこうしている内に、闇市にさらなる混乱が襲いかかった。
警備兵の取り締まりである。
それも最悪なことに、不正行商の一斉摘発を狙った不意打ちだった。
騎馬兵を中心とした警備兵の容赦呵責ない突撃によって、路地はパニックに陥った。
そのパニックの中、ゴロツキどもに抱えられ、連れ去られていく彼女の姿があった。
集団で隊伍を組み、あたりかまわず人を突き飛ばして去っていく。
カイトもまた、混乱の中をそのあとを追いかけ走った。
しかし、ゴロツキどものように人を突き飛ばすような真似はしない。
カイトは激流のような混乱の中を、まるで泳ぐようにすり抜けていく。
足さばき、体さばき、そのどれをとっても常人離れした動きだ。
更新日:2013-01-07 21:13:30