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リン、カイト~街で見かけた、青い彼~(1)

リンが貧乏貴族だったのには理由がある。

リンは臣籍降下した際に、領地と館を所有することになったが、その領地は王家の直轄領から分け与えられたものだった。

前述したように黄の国の王というのは絶対王政の君主ではない。

国内の領土は各貴族や有力領主によって所有されており、それぞれが自治権を持っている。

国家として統一されているのでその権限はそれほど強くはないが、それでも国王の一存で各領地を勝手に取り上げたり与えたりはできないのだ。それには議会の承認がいる。

まして、リンの臣籍降下は当時の国王であった彼女の母によって半ば強引に進められたものであったから、当然、議会の承認など得られるはずも無い。

したがって、リンには王家が直接所有する直轄領の一部を贈与されたのだ。

だが、いくら王家とて、リンに有力貴族と肩を並べられるほどの領地を気前よく分け与えられるほど多くの所領を所有しているわけではない。

それどころか、大臣職を務める有力貴族たちをかろうじて上回る程度であり、あまり多くの所領を割いてしまえば、大臣たちを下回ってしまう恐れもあった。

そのため、リンに与えられた領地は非常に僅かなものであり、しかも直轄領の中でも辺鄙で貧しい地方の土地だった。

新領地でのリンの生活は、貧乏貴族どころか、貴族ですらなかった。

館は荒れていて、雨漏りがひどく、すきま風がどこからともなく忍び入ってきたし、庭園は雑草だらけだった。

しかし、雨漏りを修繕しようにも費用がなく、すきま風に凍えようとも暖炉にくべる薪さえ事欠く始末だった。

領地からの収入だけでは生活を賄えず、ルカをはじめとした数少ない使用人たちは、雑草だらけの庭園を自ら耕し、畑をつくった。

しかしそれでも生活が苦しかったため、使用人たちは幼かったリンを養うために、王宮から持ってきた自らの服や装飾品を質に入れさえもした。

リンも幼心に家臣たちの苦労を察していたので、どんなに生活が窮乏しようとも不平ひとつ漏らさなかった。

むしろルカたちが反対したにもかかわらず、自ら進んで畑を耕し、服の修繕を行い、時には領地内の村に出かけては、そこで食料や物資を調達してくることさえあった。

村での調達、といっても領主として取立てに行ったわけではない。

畑で採れた野菜や果物、それに王宮から持ってきたアクセサリーなどの小物を持って、必要なものと交換してもらうのだ。

とても領主たる貴族のする真似ではなく、村人の中にはリンのことを領主とさえ知らない者も多かった。

それでも、村人たちのリンに対する反応は好意的なものだった。

貧しい土地であり村人の生活は苦しいものであったが、彼らも村のすぐそばにあるボロボロの屋敷に住む領主の窮乏は目にしていたし、その領主がひどい治世をするような人物ではないとも知っていた。

もっとも、それが村をよく訪れる少女だと気づいているものは少なかったが。

そんな事情もあって、リンは自分の治める領地を直接見知って理解していった。

リンの領地は、古くから養蚕業が盛んであり、上質な絹織物を生産する土地として有名な土地であった。

その質は諸国でも評判になるほどであり、一時は黄国の主要な輸出品目の一つにさえ数えられていたほどである。

しかし、リンが生まれる数年ほど前から、緑国で同じくらい質が高く、しかも安い織物が生産されるようになった。

そのため、この土地の織物は諸国で売れなくなり、やがて緑国産の織物が黄国内にも輸入されるようになるにつれ、国内でさえ売れなくなってしまった。

安い輸入品に対抗するために値を下げたものの、品質は高いままで維持したので、この土地の織物業は支出が増えるどころかひたすら赤字を出し続け、次々と潰れていった。

残された養蚕業で絹糸の輸出をはかったが、緑国は絹糸に関しては既にほかに産地を確保していたため、これさえも衰退していった。

いまでは数件の養蚕農家と織物業者が細々と生きながらえているだけである。

リンはそのような土地で、幼少期を過ごしたのである。

更新日:2015-08-04 23:37:12

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