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カイト~孤高の独奏者~
舞踏会の夜は長い。
一通りの主要な挨拶や紹介、イベントが終わったあとも、王宮の各所各間を開放して、そこで夜通しの社交が続けられる。
リンもまたメイド長として、食事や飲み物の追加、各部屋の整理、酔った客への対応や介抱など、様々な仕事を慌ただしくこなしていた。
そうやって王宮内を忙しく走り回る中、リンの耳に、あちらこちらで先のカイトの歌が話題に上っているのが聞こえてきた。
――それにしても、あの歌には寿命が縮まったものだな。陛下が居眠りしていなければ、今頃、大騒ぎになっていたところだ。
――まったく、陛下がまだ子供でよかった。しかし、カイトにお咎めなしというのも困る。いくら諸侯から民衆にまで人気があるとは言え、あそこまで無礼な真似をされては国家の威信に関わる。
――カイトめ、その人気を傘に来ての無礼であろうよ。若年国王と侮られているのだ。……ふん、国王も国王だ。何も知らずにイビキなどかきおって、結局、恥をかいたことに変わりはない。
――無能な国王を抱くと、臣下は苦労するものだな。しかし、下手にさかしいよりかは無能の方が担ぎやすいのも確かだ。
――姉離れのできない小僧のままの方が我々も助かるか。まぁ、もうしばらくは棒遊びでもさせておくさ。
好き勝手な批判が漏れ聞こえてくるたびに、リンは怒鳴り込みたい衝動に駆られた。
レンの居眠りが狸寝入りだったことぐらい、リンもちゃんと分かっていた。
レンがああでもしなければ、あのとき、カイトを紹介したミクの立場まで拙くなっていたところだ。
(それに気づけず、それどころか自国王を影で批判するなんて!)
だが、何よりも一番許せないのは、事の発端となったカイトだった。
まさかあんな真似をするなんて思いもよらなかった。
彼の評判を聞いて密かに憧れてさえいたのに、リンは、裏切られた気分だった。
カイト、
カイト、
カイト、
(私の弟をバカにした無礼な男。レンは許しても、私は許さない!)
リンは忙しく働きまわる傍ら、カイトの姿を探し求めた。
しかし、彼はどこにも見つからなかった。
それも当然かもしれない。あれだけのことをしでかしたのだ、まだぬけぬけと王宮にとどまっているとは考えづらかった。
とっくに退散したに決まってる。
リンはそう思うようになり、カイトの捜索を諦めた。
夜も更けた頃、ようやく王宮内の様子も落ち着いてきて、リンたちメイドの仕事も一息つけるようになってきた。
部下のメイドの一人が、ずっと働き詰めだったリンを気遣って、休憩を取るように勧めてくれたので、その言葉に甘えることにした。
会場を離れ、さてとりあえずどうしようか、と悩むまでもなく、その足は自然とレンの元へと向かっていた。
カイトの批判を、レンは平然と受け流してみせたけれど、その内心が穏やかであるはずがなかった。
明日には緑国との重要な会議も控えているし、やはり一度くらい様子を伺っておきたかった。
レンはすでに会場を辞していて自分の部屋へと戻っているはずだった。
リンが今いる場所からなら、王宮内を通っていくよりも、庭園を突っ切って行ったほうが早い。
といっても広大な王宮の庭園だ。しばらく歩くと、もう会場のざわめきも遠くなり、周囲から人気も消えた。
勝手知ったる庭園で、空には月明かりさえあるものの、やっぱりどこか心細くなってくる。
そんな時、庭園に規則正しく植えられた木々の向こうに、白い影がスっと横切っていくのを目撃したとき、リンは思わず悲鳴を上げそうになり、すんでのところでそれを押しとどめた。
月下に、木陰を泳ぐように進む不気味な人影――
――そう見えたのは、華美なドレスを身にまとった女性の姿だった。
長い緑の髪が、月光に煌めいている。
「ミク様……?」
レンとほぼ時を置かずに会場を退いたはずのミクが、従者もつけずに一人で公園を横切ろうとしていた。
一通りの主要な挨拶や紹介、イベントが終わったあとも、王宮の各所各間を開放して、そこで夜通しの社交が続けられる。
リンもまたメイド長として、食事や飲み物の追加、各部屋の整理、酔った客への対応や介抱など、様々な仕事を慌ただしくこなしていた。
そうやって王宮内を忙しく走り回る中、リンの耳に、あちらこちらで先のカイトの歌が話題に上っているのが聞こえてきた。
――それにしても、あの歌には寿命が縮まったものだな。陛下が居眠りしていなければ、今頃、大騒ぎになっていたところだ。
――まったく、陛下がまだ子供でよかった。しかし、カイトにお咎めなしというのも困る。いくら諸侯から民衆にまで人気があるとは言え、あそこまで無礼な真似をされては国家の威信に関わる。
――カイトめ、その人気を傘に来ての無礼であろうよ。若年国王と侮られているのだ。……ふん、国王も国王だ。何も知らずにイビキなどかきおって、結局、恥をかいたことに変わりはない。
――無能な国王を抱くと、臣下は苦労するものだな。しかし、下手にさかしいよりかは無能の方が担ぎやすいのも確かだ。
――姉離れのできない小僧のままの方が我々も助かるか。まぁ、もうしばらくは棒遊びでもさせておくさ。
好き勝手な批判が漏れ聞こえてくるたびに、リンは怒鳴り込みたい衝動に駆られた。
レンの居眠りが狸寝入りだったことぐらい、リンもちゃんと分かっていた。
レンがああでもしなければ、あのとき、カイトを紹介したミクの立場まで拙くなっていたところだ。
(それに気づけず、それどころか自国王を影で批判するなんて!)
だが、何よりも一番許せないのは、事の発端となったカイトだった。
まさかあんな真似をするなんて思いもよらなかった。
彼の評判を聞いて密かに憧れてさえいたのに、リンは、裏切られた気分だった。
カイト、
カイト、
カイト、
(私の弟をバカにした無礼な男。レンは許しても、私は許さない!)
リンは忙しく働きまわる傍ら、カイトの姿を探し求めた。
しかし、彼はどこにも見つからなかった。
それも当然かもしれない。あれだけのことをしでかしたのだ、まだぬけぬけと王宮にとどまっているとは考えづらかった。
とっくに退散したに決まってる。
リンはそう思うようになり、カイトの捜索を諦めた。
夜も更けた頃、ようやく王宮内の様子も落ち着いてきて、リンたちメイドの仕事も一息つけるようになってきた。
部下のメイドの一人が、ずっと働き詰めだったリンを気遣って、休憩を取るように勧めてくれたので、その言葉に甘えることにした。
会場を離れ、さてとりあえずどうしようか、と悩むまでもなく、その足は自然とレンの元へと向かっていた。
カイトの批判を、レンは平然と受け流してみせたけれど、その内心が穏やかであるはずがなかった。
明日には緑国との重要な会議も控えているし、やはり一度くらい様子を伺っておきたかった。
レンはすでに会場を辞していて自分の部屋へと戻っているはずだった。
リンが今いる場所からなら、王宮内を通っていくよりも、庭園を突っ切って行ったほうが早い。
といっても広大な王宮の庭園だ。しばらく歩くと、もう会場のざわめきも遠くなり、周囲から人気も消えた。
勝手知ったる庭園で、空には月明かりさえあるものの、やっぱりどこか心細くなってくる。
そんな時、庭園に規則正しく植えられた木々の向こうに、白い影がスっと横切っていくのを目撃したとき、リンは思わず悲鳴を上げそうになり、すんでのところでそれを押しとどめた。
月下に、木陰を泳ぐように進む不気味な人影――
――そう見えたのは、華美なドレスを身にまとった女性の姿だった。
長い緑の髪が、月光に煌めいている。
「ミク様……?」
レンとほぼ時を置かずに会場を退いたはずのミクが、従者もつけずに一人で公園を横切ろうとしていた。
更新日:2013-01-27 13:17:44