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レン~齢十四の国王陛下~

秋の傾きかけた日差しが、色付きかけた庭園の草木に穏やかな輝きを与える中……

……その庭園の中央には、穏やかな空気をたちどころにして張り詰めさせるような、危険な輝きをたたえて佇む、二人の影があった。

一人は小柄な、まだ十代の半ばぐらいでしかない歳頃の少年。

いま一人は、二十半ばか、三十手前ほどの長身の青年。

この二人は、互いに長剣を両手に構え、およそ2~3mほどの距離を置いて向かい合っていた。

彼らの持つ剣は、真剣である。

刀身の長さおよそ1m。

幅はたったの4~5cmほどしかない細身の剣だが、その刃は片側にのみ存在しており、反対側は分厚く平になっている。

突きよりも、斬ることを目的として拵えられた剣だった。

おおよそ細身の長剣というのは突きに特化したものが主流で、斬るといえば刀身の幅を広くして重量を増した大剣が普通である。

だがこの剣は細身の長剣の長所である取り扱いの良さと、大剣の長所である攻撃範囲の広さと攻撃力の強さを兼ね備えた剣だった。

しかも、軽量化によって減少した斬撃の威力を増すために柄を長くして両手で扱うようにしている。

ゆえに、この長剣は細身の長剣のように素早く、大剣のように鎧ごと相手を倒すことのできる、恐ろしい武器だった。

その恐ろしい武器を構える少年。

名は、レン。

若干十四歳にして黄の国の頂点に立つ、若き国王である。

秋の日差しに輝く金髪。

晴れ渡った蒼穹のごとき碧眼。

白く透けるような肌。優雅と気品を備えたその顔立ち。

どこをとっても、王族として人の上に立つために生まれたような容貌の美少年だった。

その美少年が、自分が手にしているのと同じ武器を真正面にして、張り詰めたように息を殺していた。

その目の中には、微動だにしない切っ先が、危険な輝きを発しながら映りこんでいる。

真剣勝負の恐ろしさは、剣が動けばどちらかが死ぬという、確信的な予感の中にある。レンは、常々剣術の師が語っていた言葉を、今また改めて噛み締めていた。

模造刀や木剣を使った稽古なら、怪我はすれど死ぬことは滅多にない。双方、その確信があるからこそ、稽古では思いっきり大胆に踏み込んでいけるのだ。

だが真剣は違う。

間違って死ぬどころか、確実に殺すためにその刃は振られるのだ。その当然でいて、全く別次元の道理が、相対するものを恐怖で支配する。

その恐怖にどう打ち克つか。これが真剣勝負の極意である。

そうレンに教えた剣の師は、あろうことか今、そのレンの目の前にいる。

レンと対峙する長身の青年、その名はガクポ。

背中の中ほどまで伸ばした紫の長髪を無造作に後ろで束ね、その面長の顔立ちには真剣を前にした緊張も恐怖も、感情そのものが抜け落ちたかのような無表情を保っている。

呼吸さえも眠っているかのように深く穏やかで、その体躯は長身であるが決して大柄ではないのに、雰囲気はまるで山のごとく恐ろしく巨大であった。

レンはただ対峙するだけで、気力体力を激しく消耗させられた。

(これが……命懸けということか)

レンは剣を構えているのもやっとという重圧の中、それでも腹の底から愉悦を感じていた。

生まれながらの君主として生きてきた短い人生の中で、この剣術を遣っている時のみが、彼がただ一個の生身の人間であると実感させてくれる貴重な瞬間だった。

秋の日差しに白刃がひらめいて、上段の構えになった。レンである。

ガクポは正面に構えたまま、視線さえも動かさない。いや、そもそも切れ長の瞳はいつも以上に細められていて、正面に立つレンでさえ彼の視線を捉えることができない。

レンは剣を頭上に振り上げたまま、またぴくりとも動かなくなった。

そのまま、やや時が過ぎ。

二人のいる庭園に、王宮の鐘楼の鐘の音が届いた。

ひとつ、

ふたつ、

みっつ。

午後三時を告げるひとつめの鐘の音が鳴った瞬間、両者同時に鋭い奇声を発して、身体ごとぶつかるようにダッと躍り込んだ。

白刃が空中に交叉して、ふたつめの鐘が鳴る。

みっつめの鐘の音が鳴り終わったとき、

「それまで」

ガクポが低く厳しい声で告げて、ゆっくりと剣を引いた。

対するレンはなかなか構えが解けなかった。

大上段から気迫の全てを込めた放った一撃は、ガクポがわずかに引き上げた剣先によってたやすく軌道を変えられ、彼の腕を軽く掠めたに留まった。

対してガクポの剣は、レンの右脇腹にピタと吸い付くように押し当てられ、そこで止まっていた。

「僕の、負けか」

レンはようやくそれだけ声を搾り出すと、大きく深呼吸して身体の力を抜いた。

全身に冷たい汗が流れていた。

「紙一重にございます。腕一本は覚悟いたしました」

ガクポが剣を鞘に収めながら、平然と言った。その右腕は袖が切り裂かれ、血が溢れている。

更新日:2015-08-22 23:02:36

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