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春風駘蕩

 私は現実主義だ、夢見がちな方ではない。そう摩利子は思った。神なんか信じていないし、極楽とか地獄とかも信じていない。神主である新堂さんだって信じていないんだから、私がそのことで責められる筋合いはないはずだ。

 龍は見えるんだから、なんかの事実の類いだとしても、ゆりさんが人じゃない何かを身籠ったなんてことは最初は信じられなかった。もちろん『ヴィジョン』でゆりさんが医者の所で見た超音波エコーに映っていたものは見た。人間には全く見えなかったけれど、それでもしばらくは目の錯覚かなんかだと思っていた。

 いまはさすがの私でも、氣のせいとはいいきれない。人間が二年半も生まれないはずはない。ゆりさんはすっかり変わってしまった。すくなくとも姿形は、あの美しい千年祭の媛巫女と同一人物とは思えない。

 顔はまだいい。あのくらいふくよかな人ならどこにでもいる。京都の笠宮神社であった、あの宮司の奥さんと変わらないくらいだ。絶壁と言ってもよかった胸は、Fカップが自慢の私と変わらないくらいになったから、そんなに憂れうることでもないのかもしれない。

 でも、問題は下半身だ。ああいうのはどこかで見た。ああ、そうだ。映画の『スターウォーズ』のなんとかハットっていう悪の親玉。そういったら言い過ぎかしら。人間の下半身があんな風になるなんてこの目で見なければとても信じられない。でも、ゆりさんは太りだした時からすごく氣にして、一生懸命泳いでいた。でも、二年半だもの。どうしようもなかったに違いない。

 ここ半年くらいはもうまともに歩けなくて、いつも家に居る。宮司が箝口令をひいて、誰にも知られないようにしているからこの村の中でも知らない人がいる。病気かなんかで人前に出られなくなったということになっているみたいだ。

 私と一は時々訪ねに行っている。宮司もそれまでは禁止できないみたい。まともに家事ができなくなってからは、次郎さんが半ば家政婦のようにしているらしい。まあ、あの人は「媛巫女さま命」だから、あんなに痛々しいゆりさんの世話でも嬉々とできるんだろう。

 変わったのは肉体だけじゃない。あんな状況になったら平静を保てと言っても無理だと思う。ゆりさんは涙もろく、精神不安定だ。家事ができないことに後ろめたさを持ち、どうでもいいことでもすぐに傷つき、人に会うのを怖がっている。

 新堂さんは時折うちの店にやってくる。大した精神力だといつも感心する。自分の妻が二年半もこの世のものではない何かを身籠っていて、いつどうなるのかわからないのに、黙々と日常の仕事をこなしている。文句も言わずに。私だったら暴れているだろうし、一なら泣き言を並べているだろう。

 いったい、この樋水ってのはどういうところなんだろう。どうしてこんな変な事ばかり起こるんだろう。千年前の恋人同士とか、龍王の媛巫女とか、憑霊祓いとか、千年祭とか、人間じゃないものを妊娠とか、どうしてあの二人にばかり。みんな必要ない事なのだと思う。あの二人は、ああいう妙な事がなくても、ごく普通の素晴らしい夫婦なのだ。なぜあんな訳の分からない事にばかり巻き込まれているんだろう。あの『龍の媾合』にはそりゃ、いい思いはさせてもらったけれど。


『たかはし』の経営はまずまずだった。

 摩利子は毎朝、一が珈琲を挽く音で目が覚める。一のこだわりはほとんどそれだけだった。村の人びと、前夜『三ちゃんの店』で遅くまでカラオケで騒いでいた人たちが、目をこすりながら入ってくる。一はコーヒーを淹れて、トーストとミニサラダとゆで卵のモーニングセットを出す。たまに三造さん本人もやってくる。

 摩利子が降りてくると、一は摩利子にコーヒーを淹れてやる。一のコーヒーは天下一品だ。そして村人達のうわさ話に耳を傾ける。ここにいれば、村で起きたことのほとんどは知ることが出来る。勾玉磨き職人の吉田玄さんの奥さんが出雲で違反切符を切られた話も、お社の次郎さんがまたしても女の子にふられた話も、摩利子は半分眠った頭の片隅に、コーヒーの湯気とともに吸い込んだ。

 幸い、ゆりの秘密は噂になっていなかった。
(まあ、知られたとしても、ここの人たちはよそ者には口が堅いけれど……)

更新日:2012-10-06 06:17:12

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