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「イーシュ、すっかり綺麗に傷跡が消えましたね。さすがは治癒院と神官が総がかりであたっただけあるわね」

午後の優しい日差しが斜めに入る、高価な調度品が並ぶ部屋で、奥方は珍しくゆったりとソファーにもたれ、優しい笑みを湛えてそう声を掛けた。

奥方の執務室だ。

いつも奥方が向かっている重厚な机のそばで、今しがた書簡を受け取ったイーシュが姿勢を正して立っていた。

「その節は……お騒がせして申し訳ありませんでした……。
それに、神官たる者、人心を乱すことは許されないことですが、今回の件は不問としていただきましたことも、
奥方様からのお言添えがあったからだと伺いました……」

深々と頭を下げる。

奥方は女神のように神々しく、一層目を細めた。

「ふふ、いいのよ。それくらい。あなたはこの森でも稀な強い才能を持った巫女なのですから。
これくらいの待遇は当たり前よ。来年の精霊祭でも、その才を存分に披露して頂戴」

「ありがとうございます。身に余る光栄です……。先のことは分かりませんが、ご期待に沿えるよう精進いたします」

「ふふ、謙虚ね」

また深々と頭を下げると、イーシュは通常の業務、つまり神官長と奥方の取次ぎのため、下がっていった。

偶然部屋に居合わせたエイクも、その一部始終聞いてた。

「いやあ、よかったよかった。イーシュちゃん……いやっ、御霊入れ様(みたまいれさま)はこの森の財産ですからね」

精霊舞の巫女はその年の間は、公には通常そう呼ばれることになっていた。

エイクが口を滑らせた、とでもいうような酸っぱい顔をする。


更新日:2012-10-29 03:33:01

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