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第9章 〈2〉



 翌朝は、天窓から差し込む光が寝坊のあたしを起こした。

 あまりの眩しさに目が開けられず、寝ぼけながらぬくもりを求めて隣に手を伸ばすと、ごつごつとしたものに触った。

 なぜか隣にはユーリの代わりにネフェルティティが丸まっていびきをかいている。

「ああ、そうか……もう行っちゃったんだっけ……」
 寝ころんだまま、ぼんやりと窓の外を見つめる。

 見送りだけはちゃんとしたかったから、頑張って意識を保っていたつもりだったのに……。
「ああ、もう、だめだなぁ」

 ふと視線を落とし、オルゴールの上に何かメモが置いてあることに気が付いた。

 もぞもぞと身体を起こし、足元でグシャグシャに乱れていたシーツを肌にまきつけて、慎重に足を下ろす。
 自分の足の感覚が確かなことを確認してから立ち上がり、メモを手に取った。


――僕の愛する奥さん
  すでに君が恋しい
  さっさと終わらせて、全速力で戻るよ――

 思わずにやけながらそのメモを抱きしめる。

――あたしも恋しい。早く帰ってきて。

 コンコンコン、とドアがノックされ、朝食を持ったクレアが落ち着いた笑顔で入ってきた。

「お早うございます」

「おはよう、クレア。大丈夫?」

「ええ。今回はそんなに不安じゃないんです」

 クレアの広げてくれたローブに手を通してから、バフッと彼女を抱きしめると、干し草と、オレンジの香りが広がった。

「サラ様?」

「ほんとだ……アッシュの臭いがする……しっかりお見送り出来たんだね」
 あたしがニンマリと笑うとクレアが真っ赤な顔で固まった。

「キスくらいした?」

 あたしが追い打ちをかけると、彼女はさらに赤い顔であたしを上目づかいに睨んでから、
「サラ様こそ、ますますお幸せそうで何よりです。今日はあまり胸元の開いていないお召し物をご用意いたしますね」
と、にっこり笑った。

「え……?」

 鏡に映った自分が目に入り、思わず赤くなる。
 あたしの首筋から胸元にかけて、小さな花びらを散らしたように、無数の「印」が浮かんでいた。

 自分では見えないけれど、多分そこだけでは済んでいない。ローブを着せてくれるときから、彼女は気づいていたはずだ。

 もちろん、今までだってそういうことはあったけど、彼女は口に出したりせずに、さりげなくハイネックのドレスを用意してくれていた。

 それを、こんな風に言うのは、彼女のささやかな仕返し。アッシュの影響か、彼女もずいぶん言うようになった。

 でも、否定せずにあたしに反撃するということは、やっぱり彼女にも、幸せな進展があったのだ。
 ユーリと一緒にいた時間、彼女に休んでもらった甲斐があった、と小さく笑った。

「あたし、今日は剣の訓練に参加してくるわ、せっかくのチャンスだし」

 朝食のキッシュにかじりつきながら、クローゼットに向かって声を掛ける。

 クレアは一度出したハイネックのドレスをクローゼットに戻し、オーバーブラウスとライディングパンツを鏡の前のバーにかけた。

「ここにいると、ぐずぐずと心配しっぱなしになりそうで……」

 心配は、ユーリ達が城に乗り込む日没からで十分だ。

 きっとクレアも、あたしの世話よりも、お祈りに時間を割きたいだろうし。

「では、先生方には、私からお断りしておきますわ」

 そういえば、今日は勉強の日だったことを、すっかり忘れていた。

「全然頭になかった……危ない危ない、歴史の課題、手つけてないのよね。アルスラが来る前に逃げないと」

 クレアと顔を見合わせて笑いながら、一気にスープとミルクを飲み干した。






更新日:2013-08-27 16:17:50

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