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第8章 〈3〉



 小鳥のさえずりでふと眼を覚ました。まだ目を開けていないのに、窓から差し込む光が眩しい。

「……ん……」と小さく声を漏らすと、何かの影が光を遮ってくれる。

 ゆっくりとまばたきをしながら、少しずつ目を開けると、日の光に溶け込むような微笑みを浮かべたユーリがあたしを見つめていた。

 目の前に望んだ通りのものがあった嬉しさで、思わず手を差し出すと、腕にかかっていたシーツがするりと落ち、肌があらわになる。
 あわてて手をひっこめ、それをつかんで胸の上まで引き上げた。

 ユーリはくすっと笑うと、自分を支えていたほうの腕をあたしの首の下に差し込み、もう片方の手でシーツごとあたしを引き寄せて、耳元にキスした。

「おはよう」

「……おはよ」

 じわじわと温かい気持ちが胸いっぱいに広がってくる。不安がない、というのはこんなにも幸福なことなのだ。
 ユーリが笑っている。少しの陰りもなく。

 ここ何日か、バタバタしていて緊張の連続だったし、こんなにゆったりした気分で彼の隣にいられるのはとても久しぶりな気がする。

 やっと、あたしたちは結婚したんだなという実感がわいてきた。

 彼の胸元にキスをして、そのまま顔を彼の肌に押し付ける。

 これから毎日、こんなに素敵な気分で朝を迎えられるなんて。

「……すごい……幸せ……」ため息が出る。

 ユーリがもぞもぞとあたしの目線まで下がってきて軽くキスする。そして、
「それは、喜んでもらえてよかった」と、意味ありげににやりと笑った。

 昨夜の記憶が事細かによみがえってきて、顔も体も熱くなる。

「もうっ、そういう意味じゃないってば」

 となりでおかしそうに笑っている彼の手をつねる。
 いつものユーリだ。それがとても嬉しい。

「なんだ違うんだ、残念」

 ユーリは少し演技がかったさみしげな顔になる。そしてまた笑って、
「今まで……僕は、きみを手に入れてしまえば、君に対するこのどうしようもない切望感は消えると思っていたんだけど……。……今は、どこまで底なしの欲張りなんだと自分にあきれてるところだ」
とため息をついた。

 彼の隣で目覚める朝は今までも何度かあった。
 そのときも、この上ない幸せを感じていたけれど、今とは比べものにはならない。
 もちろん、すべての不安が取り除かれた心の軽さもその理由の一つだ。でも、彼のあたたかな肌にふれてまどろんでいられるこの優しい時間と、確かに彼に愛された証である微かな痛みとだるさが、今の溢れるほどの幸福感の大切な要素になっていることは間違いない。

――つねってごめん……やっぱり違わないと思う……

 下を向いて彼の手を撫でる。

「たぶんあたしのほうがもっと欲張りかも……でも、望めばいつでも簡単に叶えてもらえることがわかったし……」

 そこまで言って、ふと、カウチの上にきちんとプレスされ、たたまれておいてある隊服に気付いた。

「そうでもないか……」ため息をつく。

 ユーリは、あたしの残念な顔を嬉しそうになでながら

「すぐ戻るよ。きみがもうひと眠りして、遅めの朝食を食べてるころに」と、額にキスした。

「また眠るの?」
 べつに眠くない。いつもは日の出前に起きているくらいだし。

「きみはもう少し眠ったほうがいい。ゆうべ……っていうか、きみが眠りに就いたのは、明け方だったから。まだいくらも眠ってないよ。クレアには言っておくからゆっくりするといい」

「眠れるかしら」

「きみを寝かしつけるくらいの時間ならまだあると思うよ」

「子守唄でも歌う?」

 あたしがいたずらっぽく笑うと、ユーリが耳元で囁いた。

「きみを、眠らせる方法と、寝かさない方法は、ゆうべ、把握できたと思うよ。子守唄もいいけど、眠らせる方法を試してみるっていうのはどう? 僕ときみの望みも半分くらいは叶えられると思うけどな」

「っ……!」――――またやられた。すっかり彼のペースだ。

 彼は、不敵な笑みを浮かべてあたしの反応をうかがっている。

 あたしは、耳まで真っ赤になって、もう声を出すことさえできなかった。

 勝利を確信したユーリがあたしの首筋に顔をうずめた。





更新日:2013-08-27 10:35:41

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