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第10章 〈1〉





 「約束」というものは、必ずしも守られるものだとは限らない。
 それがどんなに信用できる相手と交わしたものだとしても。

 守らなかった約束はただの「過去の希望」になり、破られた方にとっては「嘘」となる。

 あたしも大人だし、約束を破る方にだって、ちゃんと理由があるのだということくらい分かっている。

 ユーリの悪びれもせず平気であたしを陥れようとする厚かましさには、本当に神経を疑いたくなるが、だからといって、彼を嘘つき呼ばわりするほどあたしは子供ではない―――― 



「嘘つき」

 ぶっすりと彼を睨みつける。

「『もう離れない』って言ったのに」

「それを言ったのは君。僕も離れる気はなかったけど」

「じゃあ、なんであんな条件で妥協しちゃうのよ!」

「しかたないだろ? 命令なんだから」


 にっこり笑う彼には「仕方ない」という気持ちは微塵も感じられない。

 いつもは王の命令が絶対だなんて思っていないくせに、こういうときばっかり――


 さっさと報告しに行って、部屋に戻らないと――――という言葉を実行すべく、城に帰ったあたしたちだが、「さっさと報告して」の部分と、「部屋に戻る」の部分の順序が入れ替わり、さらに「報告」に行くのを大幅に遅れさせることになってしまったにもかかわらず、キンバス遠征組が帰ってきたのは、あたしたちが「お昼の朝食」を父の部屋でごちそうになった後だった。

 ユーリの報告は終わったのだから、さっさと部屋に戻ればよかったのだが、なんとなくずるずるとベルセリウス隊長と父の話を聞いていて、そのおかげでユーリはまた遠征を引き受けることになってしまったのだ。

 国同士の戦争は、喧嘩に勝って、「ハイ終わり」となるわけではない。
 今回は特に、政権交代をさせる訳なのだから、新たな王政が確立するまでは、ログノールとカルサールでしきっていかなければならないのだ。もちろん、治安も不安定になるから、それを守るのも仕事。
 戦争が終わってからの方が、やることが多い。

 本当は、こちらに残った騎士たちが治安部隊として交代し、ユーリ達は休暇に入る予定だった。でも海賊の襲撃のおかげで、その人員を割けなくなってしまったのだ。
 キンバス遠征組は、その半数がとんぼ返りすることになり、ユーリももれなくその「半数」に組み込まれていた。


 もちろん、あたしはその重要性を理解していたから、反対はしなかった。ただ、「一緒に行く」と言っただけだ。

 ユーリは、まあ、ちょっと迷ってはいたが、先ほどの「事件」のおかげで、「連れて行きたい」と言ってくれた。許してくれなかったのは父だった。


 父は、先ほどの海戦で、「霧の壁」を作ったらすぐに帰ってくるはずのあたしが、戦闘が始まっても一向に戻らなかったため、死ぬほど心配していたらしい。城を抜け出して民間船で探しに来ようとするほどに。

 普段はあたしに甘々で、どんなわがままも聞いてくれる父だが、今回ばかりは「だめだ」の一点張りで、父の「ご乱心振り」を見ていた大臣も猛反対だった。


 あたしはあたしで、反対されても行く気満々だったのだが、父はあたしではなく、ユーリにあたしを連れて行かないように命じるという暴挙に出たのだ。

 そんな命令、ユーリなら突っぱねるか、父を説得してくれるかしてくれればいいのに、彼は少し考えて、あたしには何の得にもならない条件を出した。

 ユーリのいない間、あたしを監視……いや、守役付きでログノールで過ごさせる、というものだ。

 父も、「そのくらいなら」と了承し、本人の意志は完全に無視して話がまとまってしまった。






更新日:2013-08-30 11:37:16

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