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(俺のコーヒー好きは一夜子から始まった。仲良くなりたくて。話がしたくて。
コーヒーがネタになれば、一夜子も俺と話す気になるンぢゃねぇかって。
実際ソレは有効的な手段だったワケで。
この単純な手を思い付くバカが、この会社ン中にもいやがるとは…
バカは俺だけで充分だっつの!)

 惚れてしまえば、相手のご機嫌とりに懸命になるのが当麻と言う男。
ついでにライバル意識も強いから、同僚相手にも眉を顰め、椅子をクルリと回転させ、あからさまな拒絶心で以って背を向ける有り様。

「くッだらねぇ~、もぅ卒業しなさい、合コン何ぞッ」
「なに言ってんだよ、合コン奉行が」

 妙なネーミングを付けられたものだ。
然し、入社当時は ひっきり無しの連日連夜、合コンに参加する当麻には似合いとも言える。
 同僚は当麻の椅子をクルリと回し返し 対峙すると、鼻っ面を近づける。

「そりゃ お前はよぉ、三浦チャンに突っ込んでるから、女は足りてるんだろ~けど、俺らは平社員は未だにシングル何だぞ。気ぃ使えって」
「!」

 コレにはギョッと表情を歪ませる当麻がいる。
同僚の肩に手を回し、体を屈めると、コソコソと声を潜める。

「何だソレ!どっから沸いたウワサだよッ?」
「女子社員が噂してんの知らなかったのか?
クリスマスに お前等がバーで酒煽ってたの、見かけた子がいるんだってさ」
「えッ!?」
「随分 飲ませてたみたいじゃねぇ~かぁ♪ 相変わらずだよな、お前の手口♪」
「ィ、イヤ、誤解だッ」
「何が誤解だよ。休み明け、何だよ お前等の その不思議なムードぉ。
出来てマスって言いふらして歩いてるようなモンだぞ」
「そ、そんな バカな!!」

 幾ら口を噤もうと、醸し出される空気ばかりは誤魔化せない。
噂の煙は“何となく”と言う根拠のない理由で充分なのだ。
そして 実際、ソレに気付けないでいるのは本人ばかりで、噂は中枢の耳に
入り難い様に仕立てられている。
 この奇妙な空気を一夜子も感じたと思えば、当麻の頭も一層 重くなる所。
項垂れる当麻の肩を元気に叩く同僚は“目出度い”と言わんばかりに厭らしく笑う。

「そうそう、一夜子チャンって、店 持ちたいんだって?
総務のエロジジィがスポンサー買って出てるとかって話だから」
「はぁ!? つか、そんなコトまで知ってンのかッ」
「だから、中年の餌食にならん内に、俺等で手ぇ打っちまいましょって、な!
段取りヨロシク、小宮クン♪」

 当麻と店のスタッフ以外 知り得ない情報も、店に通い詰める誰彼かが、一夜子から聞き出したのだろう。
情報も又、量産されてしまえば価値が下がってしまう。
当麻は両手で頭を抱え、デスクに突っ伏す。


(じょ、冗談ぢゃねぇぞ!!)


 既成事実がある以上、三浦との関係を怪しまれても仕方が無い。
そして、当麻の目を惹き付けるだけあって、一夜子は目立つ存在なのだろうから、我こそはと先人ぶる輩が現れるのは範疇。然し、見て捨てられはしない。

(ゼッテェ阻止してやる!! 一夜子はゼッテェ誰にも…)



 『今日はクリスマスですから…迎えが来ますから』



「…」


 決起するや否や、一夜子の痛烈な科白を思い出せば、フッと力が抜けて行く。

(一夜子には…他に男がいるンぢゃねぇか…)


「やめとけ。やめとけ。町田サンに男がいねぇワケねぇだろが」


(くらった。流石にアレは くらった。
一夜子に男がいたなんて…いや、可愛いから、イナイ方がウソっぽいケド)


「マジで?一夜子チャン男いンの!?」
「いるいる。つか、気安く呼ぶなッ」
「ほぇ~。…でも良くね?」
「あ?」
「旦那なら兎も角、男だろ?まだ 俺等と同じ“他人”じゃん」
「…」

 “寝耳に水”とでも言えるだろうか、妙に納得させられる。


(あぁその通り。あぁ話がしたい。でなきゃ諦めきれない)




to be continue.
writter:Kimi Sakato

更新日:2012-10-31 20:29:53

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