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豆腐系男子4


「そろそろご飯にしようか」

時刻は午後2時。昼食にしてはなかなか遅い。実のところ彼が昼食に誘
ってくれるのを待っていたのだが、案の定そんな積極性。彼にはなく。彼のお腹が鳴ったのを見かねて、ファミリーレストランまで引っ張ってきた。それにしてもさすがファミレス。ラーメン、カレー、ジェラード、ハンバーグにパスタ、うどん、そば。ピザもある。

「…何食べたい?」

恐る恐る訪ねたのだが、彼はメニューの上から下までを順にキョロキョ
ロと、既に混乱し始めていた。

「ラーメン?カレー?アイス?ハンバーグ?うどん?そば?ピザ?パス
タ?」

小さな声でブツブツと、優柔不断が爆発している。こないだの遊園地みたいに決めるだけで一時間は避けたいので、見る動物を決めた時と同様に。私が適当にハンバーグの通常セットをチョイスした。私は実に庶民派であるが、セレブとしての威厳はソフトドリンクに紅茶をセレクトすることで保ったつもりだ。

日当たりのよい席を選び、昼食をとっていると、彼がちらちらと腕時計を見つめているのが目に入った。

「パンダ猿山キリンゾウ爬虫類館トラにヒョウクジャクレッサーパンダコアラシカ…一通り見終わったね」
パンフレットにバツ印をつけ、大満足に微笑むと、彼はそれにそっと視線を落とした。
「うっ…うん」
「時計気にしてるみたいだけど…どうかした?」
「あっ…いや…その…閉園時間は?」
時計を隠し、彼はそわそわとうつむいた。そこで悟った。悟ってしまった。

ああ、私とのデートなんて。つまらないんだ。早く帰りたいんだ。早く…私から解放されたいんだ。


「そのっ…ふっ…ふれ……ぁっ」
 彼は私を妄想の産物だと思っている。消えて欲しい妄想だと思っている。

 なのに、つきまとって、無理やりデートとか誘って、彼に負担をかけて、彼は私のこと好きなの?誰かいつそんなこと言った?本心から私を妄想の産物だって思っているの?もしかしたら、私なんて嫌いで、だけど振るのが怖いから、妄想だって言いふらして、私が愛想をつかすのを待っているんじゃない?

 しゃべりかけてくれない。手も握り返してくれない。目も…。

 彼はいつも伏し目がちだ。男の子のくせに長いまつげが可愛らしい。

 そんな目も合わせてくれない。

 私なんて…嫌いなんだ。

 涙が流れそうになるのをぐっとこらえた。泣いた負けだ。自分に負けだ。泣いてしまったら、認めてしまわなければならない。自分は、どんなに努力しても彼は振り返ってくれない。どんなに私が優れていたって、どんなに私が魅力的だって、彼は、「雀くん」だけは私を認めてくれない。

「その…僕…………あっ、あの吾妻さん。どうして泣いてるんですか?
僕、何か悪いことしたんです…よね。ごめんなさい…すいません…気を
悪くさせてごめんなさい」

やっと目が合ったのに、今度は私の視界が涙に揺らいで、彼の瞳を見返
せない。耳につくのはいつにもまして不安げな声。いつにもまして傷つ
いたような顔。みんなそうなんだ。自分が傷つく前に彼が傷つく。みん
な、それに傷ついていく。

 彼は、妄想の中で加害者になったり被害者になったりしてるんじゃな
い。現実で、常に被害者でいるつもりで、誰よりも加害者で、誰よりも
残酷だ。

「吾妻…さん?」

勢いよく立ち上がったせいで、コップの紅茶がこぼれた。地面に流れて
いく赤茶色の水面に、

涙が落ち、波紋が立った。

そこに映った私の顔は酷く歪んでいた。

時間帯的に客はまばらだったけれど、それでも私は客や店員に、好奇に呆然な目で見られた。だけど、一度溢れだした感情も、涙も、もうどうしたって止まらなかった。

「雀くんは私のこと。妄想だと思ってるのはどうして…「」

雀くんがうつむいて、何かをしゃべろうとする。私から聞いたのに、訪
ねたのに。知りたくなかった。彼にまた傷つけられたくなかった。

「私が雀くんとは釣り合わないとか…そんなこと思ってないよね!誰か
にそう言われたって、私たちが大丈夫ならそれでいいじゃない!それと
も、私が嫌いだから。嫌われたいから。そういう風に言うの?だったら
ハッキリ言ってよ…ハッキリ振ってよ!振ってくれないんだから、どう
がんばったって諦めつかないよ。被害妄想ばっかりして、気が小さく
て、優柔不断で…だって私だって普通の女の子だよ。妄想なんかじゃな
くて…ちゃんと…ちゃんと女の子として扱ってほしいよ!雀くんなんて
傷つくのが怖いだけじゃない。人と関わるのが、私と関わるのが怖いだ
けじゃない!この…この豆腐メンタル!」



更新日:2012-08-11 17:10:50

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