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妖怪と妄想娘

翌日の昼休み。
雪乃は総務の自分のデスクで昼食をひろげながら、昨夜のことを思い出して、疲れきった顔でため息をついた。

部屋にふたたび討ち入った武義は、リビングにいき、まず妹を自分の目の前に据えると、根掘り葉掘りとヒカルとの関係をほじくりはじめた。
しかし雪乃本人も二人の間柄をよく理解していない上に、ヒカルがバニーであるとか自分の男装とかを伏せて話すので、ちっとも話は進まない。

そのうちに長くなりそうだと思ったのか、ヒカルが一声かけてから、冷蔵庫の中の有り合わせの材料をつかって、みんなの夕食を作り出す。
まさにベストオブ嫁とでもいうべき機転の早さだが、なんどもいうが、性別はオスである。

やがて出来た、有り合わせの食材、冷凍枝豆とソーセージを使ったガーリックチャーハンを食うあいだだけ、武義は無言になった。

テーブルの上の皿を片手でつかむと、うつ伏せ気味に上体を倒し、武義は左右に鋭いガンを飛ばしながらスプーンを高速で動かして、盛られたチャーハンをガツガツと喰らう。
そんな姿は、得た獲物を盗られまいと警戒するライオンのようだ。

沢近家の食事はバトルで、油断なく早く食べなければ他の者に奪われ飢える。
ふたりの目の前の武義の食いっぷりは、それによって培われた、まさに獣の食事風景だった。

三回もヒカルにコメを炊かせ、おかわりしまくってから、やっと武義の口は食べ物を咀嚼することを止めた。
後日、米びつを覗いた雪乃が、たった一夜で中身が激減しているのを見て、愕然としたのはいうまでもない。

「ようするに~よくある、まだ恋じゃないけどなんとなく気になるアイツ、ってヤツ?」

でかいゲップのあとに、武義はつまらなそうにいった。
あきらかにそういうことには興味が無い、といった表情をしている。

武義はもっとセクシャルでエロティック、それでいて極めて倒錯的なドロドロでヌルヌルしたものを望んでいたのだが、目の前に並んで座っている、大きさのバランスが完全に狂ったお雛様とお内裏様みたいな二人に、そんなものを求めるのは無理である。
案外、雪乃の倒錯性癖は、欲望に極めて忠実な武義の影響が大なのかもしれない。

その気になるアイツがすぐとなりにいる二人は、武義の言葉に同時にうつむいて、恥ずかしげに身を縮める。
腹がいっぱいになったらもう眠くなったのか、武義は後ろ手をついて片足を前に投げ出し、ダルそうに目を細めてそんな二人を見ていたが、やがて殿が家臣に切腹を申し渡すように命じた。

「めんどくせえ!今夜やっちまえ、おまえら。そしたらはっきりするわ」

身も蓋も、いや考えたのかどうかさえも怪しい、野獣炸裂な兄の命令に憤然と雪乃は抗議した。

「なにいってんのッ、いきなりそんなことできるわけないじゃん!」
「えっ、なんで?」
「えっなんでっていわれても・・・・・・」
「したくないわけ?」
「そういう問題じゃない!」
「じゃ、どういう問題?」

おっさんなのか子供なのかわからない言い方で、武義は追求してくる。
もともとしゃべるのが苦手な雪乃は、たちまち答えに詰まった。

更新日:2012-08-26 18:47:03

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