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「しゃあない部分もあるけどな。今回の相手は生霊で、しかも思春期の女の子や。手強さが全然ちゃうわ」
 ひらり、と片手を振って、西園寺が告げた。
「生霊、ねぇ。死霊よりも、生きてる人間の方が怖いってやつかい?」
 知ったように言う漆田に、小さく鼻を鳴らす。
「肉体っちゅうんは、ある意味、箍やろ。理性の。死んでしもたら、それがあっさりと外れて、ひたすら欲望だけに突き進む存在になってまう。死霊はそういうもんやから、まあ仕方ないとこもあるけど、生霊は肉体が生きとるのに箍が外れた状態が続くんや。身体にかて、ええことない」
「反作用か。思春期はエネルギーがとりわけ強いからねぇ」
 手袋の縫製の強度が気になるのか、漆田は縫い目を軽く引っ張っている。
 西園寺が、彼に聞かせる風にでもなく、続けた。
「ホンマに怖いんは、人間やて? 阿呆ぬかせ。怖いんは、ひとえに、存在してしもたことや。……この世界に、産まれてきた、ことや」



「そう言えばさぁ。明後日なんじゃないの? 中体連」
 さらりと告げられた言葉に、西園寺はらしくもなく僅かに怯んだ。
「……なんで自分がそんなこと知っとんねん」
「中体連の日程ぐらい、ネットで検索したら判るよ?」
「そっちやないわ!」
 本部に数日滞在したら声が嗄れるんじゃないだろうか。そんな懸念がちらりと頭をよぎる。
「……行ける訳がないやろ。まだ報告書も書き上がってへんし、本部長から印鑑も貰わへんとあかん。そもそも、この仕事が終わったらとっとと大阪に帰らんと。かなりの日数を留守にしとるからな」
「今回は出張扱いになってるだろ? 別に何日いなくたって構わないじゃないか」
 漆田の指摘に、あっさりと逃げ場を失う。
「せやけど、中体連なんか、一般の見学とかできへんやろ。関係者以外立ち入り禁止なんとちゃうん」
「うーん。それはそうか。でも、立場上、入ることぐらいできるんじゃないの?」
「職権乱用を勧めんな」
 きっぱりと断じて、西園寺は溜め息をついた。
「必要以上に関わらん方がええんや。ワシみたいな、日陰者なんかと」
「明るい未来溢れる中学生には、確かに教育上よくないかもね」
「……自分はホンマに言うことがころころ変わるなぁ」
 呆れて、西園寺が呟く。漆田が、曇りひとつない目で笑った。
「私はただ、あらゆる可能性を網羅したいだけだよ」
「ぬかせ。面白がっとるだけやろうが」

更新日:2012-08-20 23:08:56

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白い影 ~不可知犯罪捜査官 西園寺四郎