- 18 / 20 ページ
■二日前
「……捜査零課身分証、対霊用手袋が一対、特殊装甲車のキーが一台分、拳銃番号A-37が一丁、第三種銀製弾薬が三包、……使用弾数は一?」
「ああ」
備品管理の係官が持ち出しリストを丁寧にチェックしている。その前で、西園寺は辛抱強くそれにつきあっていた。
「やあお疲れ様、西園寺くん」
ふらり、とその隣に歩み寄ってきたのは、二十代半ばと見られる一人の青年だ。
「仕事やないんか、漆田」
西園寺が嫌みったらしく返す。
漆田と呼ばれた青年の格好は、仕事中と言われるにも関わらず、酷くだらしなかった。
明るい茶色の髪は柔らかそうではあるが、好き勝手にあちこち撥ねている。ワイシャツとその上に羽織った白衣には縦横無尽に皺が入っているし、何によるものか判別できないような染みもついている。無造作につっかけていたサンダルが、ぺたりと音を立てた。
「捜査官から開発品の使用感を訊くのも、大事な仕事だよ」
レンズに薄く色がついた眼鏡の奥で、穏やかに笑う。
西園寺四郎は、警視庁捜査零課に所属する、『不可知犯罪捜査官』だ。これは、現行の法律では裁くことができない、呪術や魔術、精神生命体などによる犯罪を扱うものである。この任務に就く者は、事件の捜査、断罪、処刑までを全て一人でこなすことになる。その行動には、一切の制約は課されない。
西園寺自身は、普段は大阪府警に在籍しているものの、辞令が下りればこちらの任務が優先される。担当地域は日本全国だ。そもそも、『不可知犯罪捜査官』となれるだけの能力がある者が少ないのだから、仕方がない。
漆田は、捜査零課の開発室の責任者だった。まだ若い外見に似合わず、数々のシステムを構築し、有効な武器や道具を作り出している。一日の殆どを開発室で過ごし、本部から外に出たことは年に数回程度しかないらしい。
その青年は、不機嫌そうな西園寺には構わず、カウンターに置かれた純白の手袋を軽くつついた。
「という訳で、西園寺くん。『バリバリくん(白)~憑かみ合い、一本!』の使い心地はどうだった?」
「何で正式名称で呼ばなあかんねん! 備品目録ですら、手袋扱いやのに!」
苛立ちを、過不足なく怒声に籠めた。半ば水を向けられた格好の係官が苦笑する。
「そりゃあ開発者と言えば親も同然、開発品と言えば子も同然。名前はきちんと呼んであげないと失礼だろう?」
「そういうことは相手が人間の時にやってくれ」
「ちょっと思ったんだけど、じゃあ、使用者はお婿さん扱いになるのかな?」
「自分の思いつきを延長して訊くな! て言うか、ワシはまだ独身や! 勝手に配偶者扱いは止めぇ!」
西園寺の立て続けの罵声に、ちょっとむっとしたように漆田が眉を寄せた。
「失礼なことを言わないでくれよ、西園寺くん。それじゃ私の配偶者が君だって言われてるみたいじゃないか」
「あー、悪いけど、しばらく監視カメラ切ってくれへん? こいつちょっとしばくさかい」
要請された係員は、苦笑を浮かべたままで慣れたようにそれをスルーした。
「まあそこはさておいて。実際のところ、使い心地はどうだった?」
僅かに視線を冷えさせて、漆田が訪ねる。苛立ったように睨みつけるが、西園寺は口を開いた。
「正直、効果は段違いや。同じことを呪でできんことはないけど、その分集中が必要やし、効果は使う人間の実力に依る。これを嵌めて十分以上掴んどったけど、その間ずっと安定しとった。集中は他の呪の方に向けられるし、助かったわ」
ふんふんと相槌をうちながら、漆田は手袋を手に取り、矯めつ眇めつしていた。
「あ。右掌、ちょっと糸が焦げて切れてるね。もう少し強度か密度を上げた方がいいかな」
この手袋は、白い布地に銀糸で細かい縫い取りがされている。美恵子が、光の加減でラメのように見えたと思ったのはその部分だ。実際のところは、霊体に対して物理的、呪術的アクションが取りやすくなるための呪文や紋様が縫いこまれていた。
「ああ」
備品管理の係官が持ち出しリストを丁寧にチェックしている。その前で、西園寺は辛抱強くそれにつきあっていた。
「やあお疲れ様、西園寺くん」
ふらり、とその隣に歩み寄ってきたのは、二十代半ばと見られる一人の青年だ。
「仕事やないんか、漆田」
西園寺が嫌みったらしく返す。
漆田と呼ばれた青年の格好は、仕事中と言われるにも関わらず、酷くだらしなかった。
明るい茶色の髪は柔らかそうではあるが、好き勝手にあちこち撥ねている。ワイシャツとその上に羽織った白衣には縦横無尽に皺が入っているし、何によるものか判別できないような染みもついている。無造作につっかけていたサンダルが、ぺたりと音を立てた。
「捜査官から開発品の使用感を訊くのも、大事な仕事だよ」
レンズに薄く色がついた眼鏡の奥で、穏やかに笑う。
西園寺四郎は、警視庁捜査零課に所属する、『不可知犯罪捜査官』だ。これは、現行の法律では裁くことができない、呪術や魔術、精神生命体などによる犯罪を扱うものである。この任務に就く者は、事件の捜査、断罪、処刑までを全て一人でこなすことになる。その行動には、一切の制約は課されない。
西園寺自身は、普段は大阪府警に在籍しているものの、辞令が下りればこちらの任務が優先される。担当地域は日本全国だ。そもそも、『不可知犯罪捜査官』となれるだけの能力がある者が少ないのだから、仕方がない。
漆田は、捜査零課の開発室の責任者だった。まだ若い外見に似合わず、数々のシステムを構築し、有効な武器や道具を作り出している。一日の殆どを開発室で過ごし、本部から外に出たことは年に数回程度しかないらしい。
その青年は、不機嫌そうな西園寺には構わず、カウンターに置かれた純白の手袋を軽くつついた。
「という訳で、西園寺くん。『バリバリくん(白)~憑かみ合い、一本!』の使い心地はどうだった?」
「何で正式名称で呼ばなあかんねん! 備品目録ですら、手袋扱いやのに!」
苛立ちを、過不足なく怒声に籠めた。半ば水を向けられた格好の係官が苦笑する。
「そりゃあ開発者と言えば親も同然、開発品と言えば子も同然。名前はきちんと呼んであげないと失礼だろう?」
「そういうことは相手が人間の時にやってくれ」
「ちょっと思ったんだけど、じゃあ、使用者はお婿さん扱いになるのかな?」
「自分の思いつきを延長して訊くな! て言うか、ワシはまだ独身や! 勝手に配偶者扱いは止めぇ!」
西園寺の立て続けの罵声に、ちょっとむっとしたように漆田が眉を寄せた。
「失礼なことを言わないでくれよ、西園寺くん。それじゃ私の配偶者が君だって言われてるみたいじゃないか」
「あー、悪いけど、しばらく監視カメラ切ってくれへん? こいつちょっとしばくさかい」
要請された係員は、苦笑を浮かべたままで慣れたようにそれをスルーした。
「まあそこはさておいて。実際のところ、使い心地はどうだった?」
僅かに視線を冷えさせて、漆田が訪ねる。苛立ったように睨みつけるが、西園寺は口を開いた。
「正直、効果は段違いや。同じことを呪でできんことはないけど、その分集中が必要やし、効果は使う人間の実力に依る。これを嵌めて十分以上掴んどったけど、その間ずっと安定しとった。集中は他の呪の方に向けられるし、助かったわ」
ふんふんと相槌をうちながら、漆田は手袋を手に取り、矯めつ眇めつしていた。
「あ。右掌、ちょっと糸が焦げて切れてるね。もう少し強度か密度を上げた方がいいかな」
この手袋は、白い布地に銀糸で細かい縫い取りがされている。美恵子が、光の加減でラメのように見えたと思ったのはその部分だ。実際のところは、霊体に対して物理的、呪術的アクションが取りやすくなるための呪文や紋様が縫いこまれていた。
更新日:2012-08-18 22:09:24